「お蔭」ということ・続報

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 さて、去る 7年前の5月1日(月)の「『おかげ』ということ(両親の食事)」のブログの中段やや上に、

「(前略)ヘルパー(日本語:家政婦)にちなませて頂きますと、去る3月21日(火)の『肉親の来訪(ヘルパーの症状・両親の食事)』のブログの中段やや下に、

『(前略)ヘルパー(日本語:家政婦)は、新興宗教である孝道教団(孝道山)に入信している とのことでした。(後略)』と記させて頂きました。ヘルパー(日本語:家政婦)によりますと、この宗教内で おかげということを言われるが、よく分からない とのことでした。それで、誠に有り難いことに このことをかれました。そこで、まず 原始仏典である『雑阿含経』の中の 有名な『盲亀浮木のたとえ』を話しました。このたとえを 簡単に紹介致します。すなわち、釈尊(お釈迦様の尊称)が 『たとえば、大海の底に一匹の盲亀がいて、百年に一度 海上に浮かび上がるのだ。その海には 一本の浮木が流れていて、浮木の真ん中に 一つの穴がある。盲亀が 百年に一度浮かび上がった際に、その浮木の穴へ、丁度ちょうど 頭を突っ込むことがあるだろうか。』と尋ねられました。そのとき、阿難という弟子が 『そんなことは、毛頭、考えられません。』と答えました。すると、釈尊は 『誰でも、そんなことはありえないと思うだろう。だが、何億兆年よりも永い間には絶対に ないとは、誰も言い切れないであろう。人間に生まれるということは、このたとえよりも ありえない有り難いことなのだよ。』と仰っています。なんだ と思われるかもしれませんが、この人間に生まれるということが おかげであるのであると思われると回答しました。医学で申しますと、御承知のことであらせられますように、放出された 3億くらいの精子の中から 一つひとつが 卵子に到達するわけであります。このときに、約3億分の1の確率を クリアしているのです。すなわち、誠に有り難いことに 人間に生まれるということは、稀有けうなことなのですね。 ちな みに、『おかげすでに与えられているのですね。』と ヘルパー(日本語:家政婦)に伝えました。なお、その『盲亀浮木のたとえ』は、去る 昨年の1月6日(水)の『後生の一大事 』のブログの釈尊の話とも関連しています。

 ところで、大乗仏典である『華厳経けごんきょうのこころ』を難しい仏教用語抜きで語るとするなら、『おかげさま』と『ありがとう』である とされています。

 なお、『華厳経けごんきょう』には 『さとり』、『妙法蓮華経みょうほうれんげきょう』には 『おしえ』、そして、『大般涅槃経だいはつねはんぎょう』 や 『 遺教経ゆいきょうぎょう』には 『涅槃ねはん』が書かれてある とされております。(後略)」と記させて頂きました。

 ときに、人間の染色体は 2n=46のため、減数分裂の際に 遺伝子の組み換えが まったく 起こらないと仮定しても、1人の男性から作られる精子の染色体の組み合わせは 2の23乗=8388068通りあります。但し、そうだからといって、ひとひとつの精子によって 人格が変わるかと申しますと、唯物的であるように思われます。 ちな みに、上記のように 約3億分の1の確率を クリアしているということは、それだけ、誠に有り難いことに 人間に生まれるということは、稀有けうなことであると解釈するようにすれば いいと思われます。

  つぎ に、上記の 原始仏典である「雑阿含経」にちな ませて頂きます。すなわち、去る 一昨年おととしの1月4日(火)の「男性看護師・続報42」のブログの中段やや下に、

「(前略)その独身男性看護師の かたによりますと、阿含宗を やろうと思っているとのことでした。

(中略)

 なお、上記のように 阿含宗を やろうと思っているとのことでありましたので、求められて 以前、原始仏典であります 阿含経の本を進呈しました。(後略)」と記させて頂きました。つまり、阿含経の本を進呈致しました。

 

 (義務教育の方々かたがたに 美しい日本語を 正しい読みかたで 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名ふりがなを付けております。ちなみに、美しい日本語の平仮名(ひらがな)を大事にしたい という思いもあります)

 本日も、最後 まで  お読み頂き、誠にありがとうございます。唯々感謝。(^-^)

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