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さて、去る 一昨年の6月13日(木)の「突然の訪問・続報2」のブログを記させていただきました。
ときに、誠に異例なことに 本日の午後0時55分に、当家のチャイムが鳴りました。それで、出てみると 近所に住んでいる 姉でありました。因みに、強引に入ろうとされました。なお、誠に有り難いことに、午前9時6分 そして 同 午前9時28分に 携帯電話に着信がありました。ならびに、 同 午前9時28分に 固定電話に着信がありました。
および、今回も 上記と 同様に、下の画像のように 急遽 おもてなしの準備をしました。
また、感謝の印として 上記の 自然の甘さの 人参が含まれた りんご
の100%ジュースなどを それぞれ 十人分 あげました。なお、持ち帰り易いように 袋に詰めて あげました。

りんご
の100%ジュース

感謝の印として その保険の外交員の方に 持ち帰り易いように 袋に詰めて 用意した、自然の甘さの 人参が含まれた りんご
の100%ジュース 十人分以上

感謝の印として その保険の外交員の方に 持ち帰り易いように 袋に詰めて 用意した、自然の甘さの 人参が含まれた りんご
の100%ジュース 十人分以上

感謝の印として その保険の外交員の方に 持ち帰り易いように 袋に詰めて 用意した、自然の甘さの 人参が含まれた りんご
の100%ジュース 十人分以上

感謝の印として その保険の外交員の方に 持ち帰り易いように 袋に詰めて 用意した、自然の甘さの 人参が含まれた りんご
の100%ジュース 十人分以上
更に、感謝の印といたしまして 言葉を添えて、下の画像の 銅線(鉄製の針金よりも 柔らかいので 加工が し易く 耐食性も高いことを伝えました)を あげました。

姉に あげた 銅線
しかも、誠に有り難いことに、姉から 下の画像の食べ物を もらいました。因みに、誠に有り難いことに、家政婦さんと いただきました。なお、後日 その家政婦さんによりますと、下の画像のとうもろこしは 甘くないとのことでありました。

誠に有り難いことに、姉から 上の画像の食べ物を もらいました
姉によりますと、病院に受診する 序でに 寄ったとのことでありました。
姉によりますと、元 魚屋の上岡さんと 会で 一緒であるが、中村久子という老年女性の開く誌友会に伺ったとのことでありました。因みに、姉によりますと、その中村久子という老年女性は 以前と違い 視野が狭くなったとのことでありました。なお、姉によりますと、早川 純子という老年女性も 下を向いて 同様であるとのことでありました。
姉によりますと、先のことが 心配とのことでありますので、今に感謝して 一所懸命生きるしかないと答えました。すなわち、姉が 持ち越し苦労 そして 取り越し苦労をしていました。
姉によりますと、山後雅典氏が お腹に手を当ててくれたとのことでありました。
去る 6年前の2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗から 大乗へ・前編」のブログ、去る 6年前の2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤小乗から 大乗へ・中編」のブログ そして 去る 6年前の2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤小乗から大乗へ・後編」のブログ、それから、当初の 前述の 去る 12年前の10月9日(木)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗 から 大乗 へ」のブログ そして 去る 10年前の1月12日(火)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗 から 大乗 へ ・続報」のブログ に記させて頂きました過程があり、誠に有り難いことに、母親の理解を得て、菜食にさせて頂いております。 因みに、姉によりますと、お茶が飲みたいとのことでありましたが、ご承知のように そして 上記のように 当方は 菜食でありますので、カフェイン飲料は 置いていないのであります。
姉によりますと 昭和五十九年の四月上旬の祖母の米寿の写真を 初めて 見るとのことでありましたので、下の画像を送りました。すなわち、来る 6月15日(月) の「通信販売による注文・続報133」のブログの下段に記させていただきます。

昭和五十九年の四月上旬の祖母の米寿の写真
誠に有り難いことに、姉によりますと、僧侶を呼んでも お布施を支払うだけとのことでありました。
姉によりますと、檀那の会社の社長は亡くなったが、その息子に使われているとのことでありました。
姉は 学生の頃、ヒッチハイクをしました。因みに、今とは 時代が違います。今 行なったら どうなっていたかと話しました。すると、姉によりますと、青森で 友人と 二人で ヒッチハイクをしたとのことでありました。それで、北海道に 2回 旅行したとのことでありました。そこで、別の友人と 北海道旅行したときには、その友人と別れて 別行動を取ったとのことでありました。
姉が、北朝鮮の拉致のことを言及しました。
姉によりますと、矢車草が いいとのことでありました。因みに、矢車草は ユキノシタ科でありますなお、同じユキノシタ科で bronchial asthma(英語)(ネガティブ[英語:negative]で御座いますし、お読み下さっている方々に影響を お与えすることの無いように、日本語で綴ることを控えさせて頂きましたが、以前 それではわからない と指摘を頂きましたので、日本語も併記させて頂きます。小さく記させて頂きます。 気管支喘息 のことで御座います。以下、bronchial asthmaと記させて頂きます。)に 薬効があるとされる ズダヤクシュ(ユキノシタ科ズダヤクシュ属)があります。
去る 8年前の3月27日(火)の「鰻の蒲焼・88(チェロの弦・父親の食事)」のブログの中段やや下に、
「(前略)ヘルパー(日本語:家政婦)に因ませて頂きます。すなわち、去る 一昨々年の10月23日(金)の『レクイエム』のブログ の上段に、『(前略)演奏する楽器は チェロ(英語:violoncello)でした。チェロの写真を、下に掲載させて頂きます。(後略)』と記させて頂きました。ならびに、去る 一昨々年の11月30日(月)の『クラシック・コンサート』のブログ の上段に、
『(前略)去る10月23日(金)の【レクイエム】のブログ の上段に、母校の某・都立高校で 室内楽部に入部していた と記させて頂きました。大学でも、誘われて 【アンサンブル・スーベニール】という室内楽部に所属していました。なお、スーベニール(英語:souvenir)とは、記念品の意味です。(後略)』と記させて頂きました。および、去る 一昨年の11月16日(水)の『新しいヘルパー(両親の食事)』のブログの中段に、
『(前略)このヘルパー(日本語:家政婦)は 琴を習っているので、来る時間を それに合わせて欲しい とのことでした。(後略)』と記させて頂きました。このヘルパー(日本語:家政婦) は、大正琴を習っているのです。それで、チェロ と 大正琴は 同じ弦楽器ですので、求められて このヘルパー(日本語:家政婦)に 扱わせてみました。すると、チェロの調弦をするとのことで チェロのA線を扱っていて 力を入れ過ぎて このA線を切ってしまいました。因 みに、これは 乱暴である と思われました。なお、調べましたら、このA線のみを購入する為 に 金5,000円位 掛かります。序で乍ら、オーケストラで 全体で 音合わせをするときには、第一バイオリンのコンサート・マスターが、最初に このA線を鳴らします。そして、この A線の音を元にして、調弦します。

切れた チェロの弦(A線)
(後略)」と記させていただきました。すなわち、姉が、唐突に 上記のチェロを弾いたらどうかと言い出しました。それで、前述いたしました 経過を説明しました。因みに、日本の現状を思うとき それどころではありませんね。
姉によりますと、駐車場を 人に貸したらいい とのことでありました。因みに、約30年前 姉は 父親に 「何とかして。」と泣きついて 85坪の土地を 父親から 入手したのであります。なお、誠に有り難いことに、その土地は 駐車場であり 人に貸していました
雰囲気
温かい心配と深い感謝が交差し、現実的な課題を落ち着いて話し合う、懐古と親密さに満ちた対話。
会話のダイナミクス
一貫して前向きで親密な感情が保たれ、互いに高い関心を示しながら話題が自然に広がっていった。冒頭は安否と誕生日への感謝に始まり、家や保険、法事の段取りといった実務的なテーマへ移行。中盤では宗教的背景や個人的な信念が深く語られ、終盤は知人の近況や思い出話、訪問への感謝で穏やかに締めくくられた。全体を通してエンゲージメントは高く、時折主張的なトーンがありつつも、温かい回想が雰囲気を和らげている。
要約(流れ)
雨の中、電話に出なかった当方を心配して訪れた 姉との再会から始まり、誕生日プレゼントへのお礼と「身内のありがたさ」をしみじみ語る。そこから家の維持や将来の生活費、土地売却の難しさ、生命保険の受取人の確認など、現実的な課題を具体的に整理していく。メルカリの話題では、親戚の みーくんが使っていることに驚きつつ、売買の難しさを共有する。
なお、姉によりますと 10歳(実際には 平成29年3月29日生まれの9歳)の孫のみーくん(心湊くん)が メルカリを行なっているとのことでありました。それで、実際には そのみーくんの母親(姉の長女)が 品物の送付を行なっているとのことでありました。
次の展開では、母親の若い頃の写真や父の七回忌の計画へと話が移り、高齢の参列者への配慮や会場の階段問題など、法事のやり方を実務的に検討。若い親戚の大学進学と一人暮らしを案じながら、昔のヒッチハイクの思い出を振り返り、時代の違いと安全への意識を語る。庭の花へ話が移り、ヤグルマソウやアジサイを仏壇に供える話、アジサイの葉の毒性という豆知識を共有して和やかな空気が広がる。
なお、母親、姉 そして 当方と 三人で 蓼科・霧ヶ峰に旅行しました。そのときの母親の若い頃の写真を見て、姉によりますと 綺麗とのことでありました。それで、姉が 綺麗なので 投影(英語:project)(心理学用語)(本来のこの語の用法に反して、いい意味の投影として、この語を用いています。良い投影も存在します)しているのであると伝えました。すると、姉から この写真母親は 何歳であったのか 尋ねられました。それで、39歳であったと答えました。因みに、姉が、その霧ヶ峰でのトンボのことを言及しました。
さらに、庭の手入れから法要で依頼した僧侶の経緯、家の宗派の背景、そして「生長の家」で長年講師のような活動をしてきた当方の経験へと深まる。教えを伝える際の副作用の研究や、二酸化炭素と温暖化問題への独自の見解など、思想的な主張が展開される。年賀状の話題も交え、長く続く人間関係の縁が確認される。
終盤は、組織の金銭的・時間的負担や分派「学ぶ会」への移行、講師を辞める際の制約など、団体運営の裏側に触れた後、京都の東本願寺への分骨や清涼寺の御開帳といった旅行の記憶を語り合う。食べ物の申し出、靖国神社へのお参りと奉賛会の行事、共通の知人の近況に話が及び、最後は「今日はいい誕生日になった」と感謝を伝えつつ、心配して訪ねてくれたことへのありがたさを確かめて、まだ尽きない話の予感を残して締めくくられた。
なお、姉によりますと、5月に 京都の東本願寺を訪れたが、暑かったとのことでありました。
(義務教育の方々に 美しい日本語を 正しい読み方で 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名を付けております。因みに、美しい日本語の平仮名を大事にしたい という思いもあります)
本日も、最後 迄 お読み頂き、誠にありがとうございます。唯々感謝。(^-^)
