このブログ(英語:blog)に御訪問頂き、誠にありがとうございます。
リンクを 貼 らせて頂いております。紫色のブログ・タイトルをクリック(英語:click)(もしくはタップ[英語:tap])して頂きますと、過去のブログ記事に移行します。(^O^)
さて、新年 明けましておめでとうございます☆☆
皆々様の御健康と御多幸を心より お祈り申し上げております。 皇紀2685年 令和7年 乙巳歳・元旦
初夢や 世界平和を 祈念して 富士の 高嶺 を 皆 で 観 まほし
因 みに、この和歌は、約四半世紀前 すなわち 約二十五年前の昼間 自転車に乗っているときに 閃 いた 和歌であります。
ときに、去る 昨年の1月1日(月)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(辰年)」のブログ、去る 一昨年の1月1日(日)の「服喪中につき 年頭の御挨拶を 失禮させて頂きます。(卯年)」のブログ、去る 一昨々年の1月1日(土)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(寅年)」のブログ、去る 4年前の1月1日(金)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(丑年)」のブログ、去る 5年前の1月1日(水)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます( 子歳)」のブログ、去る 6年前の1月1日(火)の「寒中お見舞い申し上げます(父親の食事)」のブログ、去る 7年前の1月1日(月)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(戌年・両親の食事)」のブログ そして 去る 8年前の1月1日(日)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(両親の食事)」のブログの上段に、
「(前略)去る 昨年の1月1日(金)の『謹んで新年の御祝詞を申し上げます。(智慧と愛)』のブログの上段に、
『(前略)去る 昨年の1月1日(木)の【謹んで新年の御祝詞を申し上げます。(^O^)】のブログ の上段に、
【(前略)御承知のことであらせられますように、 一昨年、富士山は世界文化遺産に登録されました。(後略)】と記させて頂きまして、2枚の富士山の写真を掲載致しました。今年は、昨日の早朝 自宅の屋上から見えた富士山の写真の中から 抜萃して 添付させて頂きます。(中略)
話を戻しますが、前述の 去る 昨年の1月1日(木)の【謹んで新年の御祝詞を申し上げます。(^O^)】のブログ の上段やや下に、
【(前略)御承知のことであらせられますように、初夢の〖一富士、二 鷹、三 茄子…〗に、あやかって、と思い、添付させて頂きました。 因みに、小学生の頃、顔が しもぶくれで(当方の家系はそうです)、 茄子という 渾名でしたので、同級生から当方のことを初夢で見るといいと言われたことが 御座います。(後略)】と記させて頂きました。(後略)』と記させて頂きました。(中略)
上記と同様に、過日の早朝 自宅の屋上から見えた富士山の写真の中から 抜萃して 掲載させて頂きます。真っ白に 雪化粧した富士山ですね。なお、去る12月7日(水)の『霊峰・富士(両親の食事)』のブログの上段などにも、『(前略) 漸く 富士山が見える季節になりました。(後略)』と記させて頂きまして、富士山の写真を掲載させて頂きました。(後略)」と記させて頂きました。そして、今回も、上記と同様に 自宅の屋上から見えた富士山の写真を掲載させて頂きました。

霊峰・富士(数年前の元旦の朝に、自宅の屋上から 撮影した 富士山)

霊峰・富士(昨年の元旦の朝に、自宅の屋上から 撮影した 富士山)

霊峰・富士(今朝、自宅の屋上から 撮影した 富士山)
ところで、去る 8年前の2月12日(日)の「建国記念の日(両親の食事)」のブログの上段に、
「(前略)昨日の建国記念の日は、その手作りの 小さな日章旗ではなく 新しい日章旗を購入致し、国旗掲揚を行いました。(中略)なお、今回、このアクリル生地の日章旗(日本製)を注文致しました。(後略)」と記させて頂きました。そして、本日は 上記のように 祝日でありますので、国旗掲揚を行いました。 因みに、元旦のみが 祝日ですが、例年、三が日共 国旗掲揚を致します。
また、前述の 去る 昨年の1月1日(月)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(辰年)」のブログ、前述の 去る 一昨年の1月1日(日)の「服喪中につき 年頭の御挨拶を 失禮させて頂きます。(卯年)」のブログ、前述の 去る 一昨々年の1月1日(土)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(寅年)」のブログ、前述の 去る 4年前の1月1日(金)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(丑年)」のブログ、前述の 去る 5年前の1月1日(水)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます( 子歳)」のブログ、前述の 去る 6年前の1月1日(火)の「寒中お見舞い申し上げます(父親の食事)」のブログ、前述の 去る 7年前の1月1日(月)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(戌年・両親の食事)」のブログ、前述の 去る 8年前の1月1日(日)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(両親の食事)」のブログ そして 前述の 去る 10年前の1月1日(木)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます。(^O^)」のブログの上段やや下に、
「(前略)入り口の門に 門松を飾りました。(後略)」と記させて頂きました。そして、今年も、入り口の門に 門松を飾りました。 因みに、去る 7年前の11月16日(月)の「七五三に思うこと」のブログ の上段に、
「(前略)去る9月9日(水)の『菊の節句』のブログ の上段に、
『(前略)本日は、菊の節句(重陽)で御座いますね。因みに、節句のことにつきまして、去る3月3日(火)の【桃の節句】のブログ の冒頭に、
【(前略)本日は五節句の一つである上巳(じょうし・じょうみ)、すなわち、桃の節句ですね。
ときに、去る12月26日(金)の〖ぶなしめじ〗のブログ の中段やや上に、
〖(前略)戦後、御先祖様が築いて来た、日本の伝統、文化、誇り、そして、精神性も、生態系同様に外来のものに圧倒されています。これは、惜しみても尚余りあることと思われます。(後略)〗と記させて頂きました。桃の節句のような、美しい日本の伝統文化は大切にしたいもので御座いますね。(後略)】と記させて頂きました。(後略)』と記させて頂きました。冒頭の七五三のような 日本の年中行事も、大切にしたいものですね。(後略)」と記させて頂きました。
なお、家政婦によりますと、門松を飾る家は少ないとのことでした。それで、国旗掲揚と同様に、上記のように 日本の伝統は 大切にしたいと解答しました。すなわち、国の伝統がなくなると、その国は 消滅してしまうのです。序で乍ら、国際金融資本家(左翼系ユダヤ人)たちは、国の伝統を消滅させ 世界を グローバル化(共産主義化)しようとしています。因みに、門松と 若松が 売られていましたが、調べましたら、しっかりとした 大きめの若松のことを 門松と云うとのことであります。つまり、門松も クロマツという種類の松の若松であるということであります。要するに、大きめの若松を 門松と呼ぶとのことであります。取りも直さず、門松は 12月13日から 28日の間か、30日に飾りますが、29日は「苦」に通じる、31日は「一夜飾り」といって不吉を嫌い その日には飾らないことになっています。なお、当家では、去る12月26日(木)に飾りました。

門松の部分品
そうして、去る 昨年の11月28日(木)の「菜食のおかず・1048(買い物)」のブログの中段やや下に、
「(前略)

門松の部分品(輪飾り。 因みに、誠に有り難いことに、家政婦さんによりますと、「壽」の字が いいとのことでありました)
(後略)」と記させて頂きました。

門松(左側)

門松(右側)
ならびに、前述の 去る 昨年の1月1日(月)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(辰年)」のブログ、前述の 去る 一昨年の1月1日(日)の「服喪中につき 年頭の御挨拶を 失禮させて頂きます。(卯年)」のブログ、前述の 去る 一昨々年の1月1日(土)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(寅年)」のブログ、前述の 去る 4年前の1月1日(金)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(丑年)」のブログ、前述の 去る 5年前の1月1日(水)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます( 子歳)」のブログ、前述の 去る 6年前の1月1日(火)の「寒中お見舞い申し上げます(父親の食事)」のブログ、前述の 去る 7年前の1月1日(月)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(戌年・両親の食事)」のブログ そして 前述の 去る 10年前の1月1日(木)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます。(^O^)」のブログ の上段やや下に、
「(前略)去る12月3日(土)の『 榊 (両親の食事)・3』のブログの上段などに、
『(前略)去る( 一昨年 の)10月3日(土)の【 榊 】のブログ の上段に、
【(前略) 一昨日 すなわち 10月1日の〖 一日 にすること〗のブログ を記させて頂きましたが、 勿論 、 一日 に、自宅にあります 神棚 のために 4ヶ所の 榊 は 新しくします。(後略)】と記させて頂きました。 一昨々日 は 一日 でありましたので、 榊 を新しくしました。(後略)』と記させて頂きました。同様に、今月は 本日 4ヶ所の 榊 を新しくしました。なお、前述の 去る 昨年の1月1日(金)の『謹んで新年の御祝詞を申し上げます。(智慧と愛)』のブログの上段に、『(前略)毎年の元旦に思うことですが、新年の 榊 に は 前述の松が付いて来ますね。(後略)』と記させて頂きました。母親によりますと、この松が付いているだけで、通常よりも 千円も高いのね とのことでした。お正月料金なのかもしれませんね。(後略)」と記させて頂きました。そして、同様に、本日 すなわち 1月1日(金)の「榊・33・前編」のブログに記させて頂きましたように、本日は 6ヶ所の 榊 を新しくしました。やはり 新年の 榊 に は 前述の松が付いて来ますね。

榊

榊

榊

榊

榊

榊
および、3ヶ所の 神棚 に、それぞれ 新しい しめ 縄 を致しました。因みに、前述の 去る 昨年の11月28日(木)の「菜食のおかず・1048(買い物)」のブログの中段やや下に、
「(前略)

しめ 縄

しめ 縄

しめ 縄

しめ 縄 3本
(後略)」と記させて頂きました。

しめ 縄 (折り上げた 紙垂れの狭い方を上にして しめ縄 の間に 均等に差し込みます)

しめ 縄

しめ 縄
そのうえ、前述の 去る 昨年の1月1日(月)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(辰年)」のブログ、前述の 去る 一昨年の1月1日(日)の「服喪中につき 年頭の御挨拶を 失禮させて頂きます。(卯年)」のブログ、前述の 去る 一昨々年の1月1日(土)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(寅年)」のブログ、前述の 去る 4年前の1月1日(金)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(丑年)」のブログ、前述の 去る 5年前の1月1日(水)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます( 子歳)」のブログ、前述の 去る 6年前の1月1日(火)の「寒中お見舞い申し上げます(父親の食事)」のブログ、前述の 去る 7年前の1月1日(月)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます(戌年・両親の食事)」のブログ そして 前述の 去る 10年前の1月1日(木)の「謹んで新年の御祝詞を申し上げます。(^O^)」のブログ の上段やや下に、
「(前略)去る12月4日(日)の『 仏花 (両親の食事)・2』のブログの上段などに、
『(前略)去る( 一昨年 の)10月1日の【 一日 にすること】のブログ の冒頭に、
【(前略)去る( 一昨年 の)9月9日(水)の〖菊の節句〗のブログの上段に、
〖(前略)菊の花は 仏花 の 定番 であり、いつも和菊を選びます。(後略)〗と記させて頂きました。本日は 一日 ですので、 仏花 を新しくしました。(中略) 因 みに、去る(昨年の)9月16日(水)の〖菊の花〗のブログ、そして、去る(一昨年 の)9月13日(日)の〖和菊〗のブログ にも、和菊の写真を添付させて頂きました。この去る(一昨年 の)9月16日(水)の〖菊の花〗のブログ の上段に、花器に差した切り花を長持ちさせるための方法を記させて頂きました。(後略)】と記させて頂きました。そして、去る(一昨年 の)10月15日(木)の【仏花 】のブログの上段 と 去る(一昨年 の)10月23日(金)の【レクイエム】のブログの中段に、
【(前略)上記のように 一日 に 仏花 を新しくしましたが、また 交換致しました。(中略)なお、今頃の季節、仏花 は持っても 約10日間位 で御座 いますね。勿論 、 お供え物は毎日交換しています。(後略)】と記させて頂きました。やはり今頃の季節、 仏花 は持っても 約10日間位 で御座 いますね。(後略)』と記させて頂きました。それから、前述の 去る 昨年の1月1日(金)の『謹んで新年の御祝詞を申し上げます。(智慧と愛)』のブログの上段に、『(前略)今回は、更 に 寒くなって来たこともあり、4週間 位 持たせました。そして、本日は 一日 でありますので、菊の花を交換致しました。(後略)』と記させて頂きました。同様に、仏花 の交換を致しました。(後略)」と記させて頂きました。そして、同様に、本日 すなわち 1月1日(土)の「仏花・54・後編」のブログに記させて頂きましたように、3ヶ所の仏花 の交換を致しました。

仏花

仏花

仏花
(義務教育の方々に 美しい日本語を 正しい読み方で 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名を付けております)
本日も、最後 迄 お読み頂き、誠にありがとうございました。唯々感謝。(^-^)