両親の思い出・続報5

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 さて、去る 5年前の3月6日(火)の「母親の転帰」のブログに記させて頂きましたように、母親が 亡くなりました。また、去る 昨年の3月11日(金)の「父親の転帰」のブログに記させて頂きましたように、父親が 母親に続いて 亡くなりました。

 ときに、約51年前 すなわち 昭和49年(1974年)中学1年生であったときに 今は亡き 父親 そして 母親と それぞれ 映画館で 「日本沈没」という 映画をました。ちなみに、去る 一昨年おととしの8月20日(日)の「夢について・続報113・シンクロニシティ・後編」のブログの上段に、

「(前略)去る 7年前の9月18日(日)の『北海道旅行・6( 層雲峡そううんきょう)』のブログの上段に、

『(前略)去る1月5日(火)の【母親の新年会】のブログの上段に、

【(前略)去る11月5日(木)の〖法人マイ・ナンバー〗のブログ の上段に、両親は約8年前に商売を廃業したと記させて頂きました。この商売をしていたときの 住み込みの従業員(後略)】と記させて頂きました。この親戚の長男が、上記のような住み込みの従業員として 来てくれていました。しかし ながら、その8月16日(火)のときは、旭川の実家に帰って 数年後のことでした。この親戚に 挨拶を兼ねて 訪ねました。そして、泊まらせてもらいました。この長男には、今でも、毎月 郵送物を送っています。(後略)』と記させて頂きました。なお、本日の夢には、その『大川俊幸』という 男性が 登場します。(後略)」と記させて頂きました。すなわち、その「大川俊幸」という 親戚が 正月に 旭川の実家に帰省するので、1月2日に 母親と一緒に 羽田空港 まで 行き 見送りました。つまり、その親戚は、飛行機で 旭川空港に向かい、正月に帰省したのであります。それで、その帰りに 新宿の武蔵野館という映画館で 母親と一緒に 上記の映画をたのであります。そこで、母親とともに 今までで 一番 いい映画であったとの話になりました。ちなみに、母親は、姉とも それ以前「サウンド オブ ミュージック(ご承知のように、戦争のプロパガンダ映画)」という映画をたとのことでありました。

 なお、このときは 上記のように 1月2日でありましたので、その映画館は いていました。それで、上記のように いい映画でありましたので、父親 と その「大川俊幸」という 親戚と 三人さんにんで 同じ 新宿の武蔵野館という映画館に行きました。ところが、1月15日の成人の日の祝日に行きましたら、誠に遺憾なことに、満席であり 三人さんにんとも 立って なければなりませんでした。ちなみに、その映画に 地球物理学者の竹内 均(のちの東京大学名誉教授)が登場します。なお、この地球物理学者は、別荘を含めて 数ヶ所に 百科事典を置いているとのことでありました。ついながら、この地球物理学者は 幸福の科学に入信しようとしますが、門前払いをらいます。ちなみに、家政婦さんとの話で、この地球物理学者にとりましては よかったとの内容になりました。

 しかも、藤岡弘 と いしだあゆみが登場して、恋人同士になります。それで、中学1年生のときの「久保田 美之」という 同級生男子によりますと、教室のみなの前で 少し れ場を演じただけじゃないかとのむねを話します。なお、奥手であった当方によりますと、当時は 何を言っているのか 分かりませんでした。但し、あとになって 振り返りますと、その同級生男子は すごいことを言っているのだと思われました。ついながら、その家政婦さんによりますと、子供が ませているのは 親の影響とのことでありました。

 

 (義務教育の方々かたがたに 美しい日本語を 正しい読みかたで 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名ふりがなを付けております)

 本日も、最後 まで  お読み頂き、誠にありがとうございます。唯々感謝。(^-^)

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