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さて、去る 11年前の12月4日(金)の「占守島 」のブログ の中段やや上に、
「(前略)話を その 占守島 の戦いのことに戻しますが、当初 ソ連軍は この島を 一日で占領する予定でした。ところが、日本軍の抵抗により 六日間 足止めされました。冒頭に 硫黄島 の戦いことを言及させて頂きましたが、この戦いと同様の働きの お 蔭 で 北海道に侵攻されることが 遅 れました。スターリンは、北海道を二分割して 北東部(釧路-留萌を結んだ直線以北)半分を ソ連のものにしようと考えていました。あわよくば、北海道全体以上を考えていたかもしれません。御承知のように、戦後、連合国によって 日本を四分割統治する計画があった訳でありますからね。仮に、千島列島と同様に ソ連軍に上陸されて 実効支配されていましたら、少なくても 北・北海道に 日本民主主義人民共和国が誕生していたかもしれません。実際に、 独 、朝鮮 そして ベトナムでは そうであったのですからね。(後略)」と記させて頂きました。仮に、上記のように 北海道を二分割されていましたら、納豆の原料となる 北海道産の 大豆 そして 小豆は、入手しにくかったかもしれません。
ときに、食事には、下の画像の 国産の 桃、国産の 苺、国産のトマト、国産のミニ トマト、国産の 胡瓜、国産の スナップ・えんどう、国産の大根、国産の 蕪、国産の白菜、わさび(山葵:日本原産です)漬け、国産の 白菜の漬物、国内製造の 生姜、国産の 梅干、国産の らっきょう漬け、千葉の落花生、国産の 小豆、黒胡麻、国内製造の 黒胡麻豆腐、国産の 焼き海苔、国産の 生椎茸、国産の ひらたけ、国内製造の 胡麻油 そして 去る 10年前の12月2日(金)の「両親の食事・24」のブログの中段やや下に、
「(前略)去る9月12日(月)の『親への買い物・15・中編( 黙禱)』のブログの中段に記させて頂きました、1日分 すなわち 小匙 一杯分の 荏胡麻油が 掛けられています。(後略)」と記させて頂きました 荏胡麻油が 含まれています。因みに、去る 12年前の10月16日(木) の「身土不二(今日のおかず)」のブログを記させて頂きました。
なお、去る 一昨々年の12月21日(木)の「家政婦さんの入院・続報99・後編」のブログの中段やや下に、
「(前略)去る 8年前の10月4日(日)の『外付けハード・ディスク』のブログ の上段やや下に、
『(前略)生の大根には、ジアスターゼ(英語:diastase)という酵素が含まれています。膵液や唾液に含まれる消化酵素であるアミラーゼ (英語:amylase)のことです。御承知のように、デンプン(英語:starch)やグリコーゲン(英語:glycogen)を分解します。このジアスターゼは アスコルビナーゼに反して良い働きですが、この酵素も熱に弱く、加熱してしまうと作用が失われてしまいます。なお、某・日本人が麹菌からジアスターゼを抽出して、特許を申請しました。ジアスターゼは、胃腸薬、そして、消化剤としても市販されています。しかも、この麹菌を利用した発酵食品につきましては、去る4月8日(水)の【南瓜】のブログ の中段以降に記させて頂きました。(後略)』と記させて頂きました。
また、去る 4年前の9月1日(日)の『鰻の蒲焼・405(カレーうどん・父親の食事)』のブログの上段に、
『(前略)去る 一昨年の5月1日(月)の【〖お蔭〗ということ(両親の食事)】のブログの上段に、【(前略)過日、父親によりますと、単に 食欲がないとの理由だけで 有名な某・胃腸薬を服用もうか とのことでした。そこで、この某・胃腸薬の成分と致しまして ジアスターゼが含まれていますので、大根おろしを食べれば いい旨を伝えました。(後略)】と記させて頂きました。そして、一昨日も 父親によりますと、単に 食欲がないとの理由だけで 有名な某・胃腸薬を服用もうか とのことでした。そこで、上記と同様に、この某・胃腸薬の成分と致しまして ジアスターゼが含まれていますので、大根おろしを食べればいい旨を伝えました。(後略)』と記させて頂きました。(後略)」と記させて頂きました。序で乍ら、同じアブラナ科に属する 蕪にも、上記の ジアスターゼが含まれています。しかも、ひらたけは しめじの食感とのことでした。そのうえ、その ひらたけには、ergothioneineが 多く含まれている とされています。すなわち、ergothioneineとは、きのこなどの菌類 や 一部の細菌のみが合成出来る成分であり、抗酸化作用が強く、D.N.A.の損傷 や 過酸化脂質の生成を防ぐ働きが期待されています。また、抗酸化作用に加え、光による 肌の老化を抑制する効果があると言われており、美容の面からも注目されている成分とのことであります。なお、去る4月2日(木) の「菜食のおかず・1618(買い物)」のブログの中段やや上に、
「(前略)去る 4月2日(木) の『菜食のおかず・1610(買い物)』のブログの中段やや上に、
『(前略)去る3月26日(木) の【菜食のおかず・1602(買い物)】のブログの中段やや上に、
【(前略)午前9時の開店の 5分前に 到着しました。序で乍ら、誠に有り難いことに、順番は 1番目でありました。因みに、去る1月22日(木) の〖菜食のおかず・1527(買い物)〗のブログの中段やや上に、
〖(前略)去る1月8日(木) の〔菜食のおかず・1510(買い物)〕のブログの中段やや上に、
〔(前略)〘近所に 59年以上 住んでいますので、当初から 利用させていただいています。〙すなわち、18歳の頃 つまり 昭和53年(1978年)の サンデーマートの開店の頃から 通っていることを伝えました。それで、このスーパー・マーケットの名称が 今のそれに変わったことを話しました。因みに、この駅前の場所は その昭和53年(1978年)以前も、スーパー・マーケットであったことを伝えました。つまり、その場所は、ずっと スーパー・マーケットの敷地として 使われてきたのであります。(後略)〕と記させていただきました。すなわち、〔年齢が分かってしまうね。〕と伝えて、このことを伝えました。すると、その茶髪の女性担当者(女性店員)によりますと、自分も この市生まれの この市育ちとのことでありました。それで、〔いい市ですよね。〕と答えました。すると、小学校も 中学校も この市であり、〔十五小(市立第十五小学校)を出た。〕とのことでありました。そこで、〔自分は 四小(市立第四小学校)出身であり、十五小は、当方が 小学校二年生のときに 開校しました。それで、教室の三分の一位が その十五小に移ったのです。〕と答えました。のみならず、今 住んでいる所は 十五小の通学区になったことを伝えました。更に、十五小には プールがあることを話しました。しかも、地元の店員は 少ないし、助っ人のような 従業員が居て 店員の回転が早いのでありますが、ずーっと居ていただきたいと伝えました。(後略)〗と記させていただきました。因みに、いつもは 1階に居る その茶髪の女性担当者(女性店員)が 入り口のところで ドアを拭いていました。そこで、ドア越しに 会釈して 挨拶しました。なお、茶髪では なくなっていました。それで、最初 誰か 判りませんでした。序で乍ら、午前10時の開店時間になりました。そこで、上記の 細くて 神経質な様子の年配女性店員が 入り口のところに居ました。それで、〖おはようございます。前回は 有人レジの件で ありがとうございました。〗と 挨拶をしました。そこで、エスカレーターに乗って 2階に 着きました。因みに、前述いたしました 2階の 眼鏡を掛けた 年配女性店員に挨拶をしました。なお、前述いたしました 2階の男性店員には 会いませんでした。序で乍ら、今回も 挨拶をする 太った 年配女性店員が居ます。すなわち、こちらから 〖おはようございます。毎週 この時間に お会いすることができて 誠に有り難いです。宜敷く お願いします。〗と挨拶をしました。すると、近くに来まして、今回も、〖(今日も、)毎度。沢山 出てますから、沢山 買ってください。日曜日には 居ます。〗とのことでありました。因みに、去る 11年前の1月21日(水)の〖ボランティア・高尾山登山・その2〗のブログの中段やや上に、
〖(前略)去る 昨年の10月28日(火)の〔スイス(海外のこと)〕のブログの下段に、
〔学部一回生のとき、同期生(男性)に勧められて、体育会系ではワンダー・フォーゲル(独語:Wandervogel)(渡り鳥の意味です)部に入部致しました。〕と お伝え申し上げました。
このワンダー・フォーゲル部の入部理由は、同級生(男性)に誘われたということと併せて、同じパーティー(英語:party)で、同じ釜の飯を食べ、競技では無いので、体育会系では御座いますが、競争が無いからで御座います。因みに、一学年下のワンダー・フォーゲル部男子後輩は、当初、茶道部に入るつもりで、ワンダー・フォーゲル部と茶道部を兼部している女子先輩から、新入部員勧誘のときに、ワンダー・フォーゲル部に回されて入部させられたとのことで御座いました。(後略)〗と記させていただきました。なお、誠に異例なことに、前述の 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員から、唐突に アウト ドアをしているのですか と尋ねられました。それで、上記のように アウト ドアのようなものですが、ワンダー・フォーゲル部でありました と答えました。すなわち、ワンダー・フォーゲル部のレイン コートを着ていたので、アウト ドアをしている と思われたのでありましょう。序で乍ら、去る 一昨々年の11月10日(金)の〖庭木の剪定・30・後編〗のブログの下段に、
〖(前略)その もう 一人の庭師(作業員)の方によりますと、中央公園には 財団法人大日本蚕糸会蚕糸科学研究所があったとのことでありました。すなわち、雑木林があった所であります。(後略)〗と記させていただきました。また、去る 昨年の9月6日(土)の〖センサー ライトのこと・続報4〗のブログの中段やや上に、
〖(前略)由来は御承知でしょうから 記させていただきますことを割愛させていただきますが、お近くに 〔お鷹の道〕がありますね。(後略)〗と記させていただきました。因みに、上記の 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員によりますと、自分から 鷹の台に住んでいるとのことでありました。そこで、国分寺に 上記の〖お鷹の道〗がありますが、江戸時代から 鷹狩に因んだところでありますね と答えました。そして、中央公園が ありますねと伝えました。すると、その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員は、上記の財団法人大日本蚕糸会蚕糸科学研究所ことを言及しました。それで、その研究所の敷地内の ガマガエルに 爆竹を投げたとのことでありました。なお、その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員は、退行(心理学用語)していますね。そうして、お付き合いで 当方も 幼児の頃 爆竹を点火して 空中に投げていたことがあったことを伝えました。つまり、爆竹を行なっていたことを話しました。そして、その財団法人大日本蚕糸会蚕糸科学研究所が 存在していたことを知っている人は 今では 少ないと話しました。序で乍ら、その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員によりますと、学校が 多いとのことでありました。そこで、地元の店員が少ないと伺ったので、地元の お方で有り難いと答えました。すると、その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員によりますと、自分のような アルバイトは 地元が多い とのことでありました。因みに、去る 12年前の10月5日(日)の〖ボランティア・高尾山登山 〗のブログ そして 去る 11年前の1月21日(水)の〖ボランティア・高尾山登山・その2〗のブログのそれぞれ上段などに、
〖(前略)18年間、月二回 日曜日に、・・・ボランティアを、このトップの方々二人に委託されて、行って参りました。そのボランティアで、過日 子供達と父兄を連れて、スタッフと共に、東京都八王子市にある 高尾山に登りました。(^O^)(後略)〗と お伝え申し上げました。 因みに、去る 12年前の10月8日(水)の〖親の受診に付き添っていること・1(循環器内科医[女医])〗のブログ そして 去る 12年前の11月9日(日)の〖親の受診に付き添っていること ・2(循環器内科医[女医])〗のブログのそれぞれ 共に中段やや上、更に、去る 11年前の2月23日(月)の〖天皇陛下行幸の君恩に浴して〗のブログの中段に記させて頂きました 某・ボランティア(英語:volunteer)のサークル(英語:circle)とも、関係があります。そこで、その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員によりますと、亡くなったが 父親は 警察官であったとのことでありました。それで、国家の治安の為に 誠に有り難いと答えました。なお、伯父も 警察官であり、その娘も 警察官であったことを伝えました。序で乍ら、その娘とは、年賀状の交換をしております。因みに、当方の父親も亡くなったと話しました。そこで、その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員によりますと、父親からは 警察官には なるな と言われたとのことでありました。それで、自分の好きなことを行なえ と言われた とのことでありました。なお、その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員によりますと、その父親が ボーイ スカウト や ガール スカウトのことを行なっていたとのことでありました。そこで、上記の ボーイ スカウト や ガール スカウトのような ボランティアで 18年間 司会を行なっていたと答えました。しかも、〖(前略)〔近所に 59年以上 住んでいますので、当初から 利用させていただいています。〕すなわち、18歳の頃 つまり 昭和53年(1978年)の サンデーマートの開店の頃から 通っていることを伝えました。それで、このスーパー・マーケットの名称が 今のそれに変わったことを話しました。因みに、この駅前の場所は その昭和53年(1978年)以前も、スーパー・マーケットであったことを伝えました。つまり、その場所は、ずっと スーパー・マーケットの敷地として 使われてきたのであります。(後略)〗と前述いたしました。そこで、上記のことを伝えました。すると、その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員によりますと、60代後半ですか とのことでありました。それで、60代中頃ですと答えました。すると、昭和35年か 36年ですかとのことでありました。そこで、昭和35年生れであることを伝えました。すると、その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員によりますと、自分は 昭和39年生れ とのことでありました。それで、辰年生れですね と答えました。すると、そうであるとのことでありました。そこで、当方は 子年生れであり、辰年生れの お方とは 誠に相性がいいと話しました。それで、姉も 上記の 今は亡き父親も 辰年生れであると伝えました。なお、その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員によりますと、いつも メモをしているからとのことでありました。そこで、買い物のリストを持って 買った物を チェックしていることを伝えました。そうしないと、うっかりしてしまうから と答えました。すると、その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員によりますと、自分は メモをしていても 忘れるとのことでありました。そこで、このスーパー・マーケットと同じ系列の いなげやは、偵察していると思われるような 買い物のリストを使わせてくれないとのことでありました。すると、誠に有り難いことに、その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員によりますと、調査をしているようには 見えないとのことでありました。序で乍ら、その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員によりますと、自分は 火曜日と水曜日以外は居るとのことでありました。それで、何かあれば とのことでありました。因みに、その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員によりますと、利用者との交流を考えているとの旨でありました。そこで、昔は 電車の切符を買いのでも 有人であったので、交流があったことを伝えました。なお、現代では 自動改札になっていますね。序で乍ら、その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員は 他のスタッフに 話し相手が居ないのであろうと思われました。すなわち、そのスーパー・マーケットが 新装開店してから 約4ヶ月間 若いスタッフたちに 話し掛けて、もう それらの若いスタッフたちには 相手にされていないのでありましょう。因みに、単調な作業の気分転換 や その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員の発散に利用されているのでありますね。しかも、家政婦さんによりますと、淋しくなって 話したのだろうとのことでありました。なお、 上記のように その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員は 昭和39年 辰年生れの 62歳であり、周囲は 若い店員ばかりでありますからね。
しかも、午前10時過ぎでは ありましたが、有人レジは 閉鎖されていて 今回も セルフレジであるかと思われました。ところが、上記の 細くて 神経質な様子の年配女性店員が 一人だけ 会計に入っていました。それで、この列に並ぶことにしました。そのうえ、責任者のような お方に 会計を行なってもらえて 誠に有り難いと伝えました。すると、その 細くて 神経質な様子の年配女性店員によりますと、責任者ではないとのことでありました。それから、商品を打ってもらえて 助かると伝えました。しかして、前述いたしましたように、お豆腐 や らっきょうなどの 水の出る商品には 会計で打ち易いように 1種類の商品を纏めて、ビニール袋を被せております。そうすれば、態々 ビニール袋から 出さなくても、会計で打つことが出来ます。何故ならば、その袋には 1種類の商品しか入っていないからであります。
ところが、会計のときには バーコードを読み取る為に そのビニール袋が邪魔になりますので、取って 持ってきた方が いいでしょうかね と しばしば 訊いています。そして、会計で ビニール袋を被せてもらう 手間を省略してもらう為に、予め ビニール袋を被せていることを伝えました。そうして、以前 前述いたしました 年配女性店員が 会計で 間違ったようには ならないように、小豆は 下の画像のように 2袋であることを話しました。また、黒胡麻は 5袋であることを伝えました。序で乍ら、当家には 大勢が居ると思ったことでありましょう。因みに、見えたら また 並びますから 宜敷く お願いしますと伝えました。すると、誠に有り難いことに、点数になるので 喜んでくれました。なお、以前に確認したのと同様に、誠に有り難いことに、トマトの箱は 置いて帰ってもいいとのことでありました。それで、畳んで 置きますと答えました。すると、誠に有り難いことに、畳まなくてもいい とのことでありました。因みに、ポイントを使ってもらって、そのスーパー・マーケットのクレジットカードを使って 決済しました。なお、決済が 1万円を超えましたので、暗証番号が必要ですねと伝えましたら、その 細くて 神経質な様子の年配女性店員からも 暗誦番号を求められました。しかも、その 細くて 神経質な様子の年配女性店員によりますと、ポイントを使うのですかとのことでありました。そこで、ポイントが 450ポイントで 買い物券が 500円になるという システムがあります。但し、このシステムを使う為には、2回も その係員を煩わせなければならないのであります。それで、ポイントを使うようにしていると答えました。序で乍ら、誠に有り難いことに 商品を運んでくれると言うので、一つは 自分が持ちますと伝えました。なお、そのスーパー・マーケットへは、自転車で通っております。因みに、往路で 中年男性が 対向から こちらに来ましたので、〖御免なさい。どうぞ。〗と 言って 道を譲りました。但し、相手の中年男性は 擦れ違うときに 何も言いませんでした。

上記のように 購入した 樒(国産)(国産の榊が ないので、国産の樒を買いました。因みに、神棚に 樒を飾ることは、主に 地域的な慣習[特に 西日本]や、榊が入手しづらい場合の代用として行われるとのことであります)

上記のように 購入した 仏花 (国産)
(後略)】と記させて頂きました。
しかして、午前9時の開店の 5分前に 到着しました。序で乍ら、誠に有り難いことに、順番は 1番目でありました。因みに、去る1月22日(木) の【菜食のおかず・1527(買い物)】のブログの中段やや上に、
【(前略)去る1月8日(木) の〖菜食のおかず・1510(買い物)〗のブログの中段やや上に、
〖(前略)〔近所に 59年以上 住んでいますので、当初から 利用させていただいています。〕すなわち、18歳の頃 つまり 昭和53年(1978年)の サンデーマートの開店の頃から 通っていることを伝えました。それで、このスーパー・マーケットの名称が 今のそれに変わったことを話しました。因みに、この駅前の場所は その昭和53年(1978年)以前も、スーパー・マーケットであったことを伝えました。つまり、その場所は、ずっと スーパー・マーケットの敷地として 使われてきたのであります。(後略)〗と記させていただきました。すなわち、〖年齢が分かってしまうね。〗と伝えて、このことを伝えました。すると、その茶髪の女性担当者(女性店員)によりますと、自分も この市生まれの この市育ちとのことでありました。それで、『いい市ですよね。〗と答えました。すると、小学校も 中学校も この市であり、〖十五小(市立第十五小学校)を出た。〗とのことでありました。そこで、〖自分は 四小(市立第四小学校)出身であり、十五小は、当方が 小学校二年生のときに 開校しました。それで、教室の三分の一位が その十五小に移ったのです。〗と答えました。のみならず、今 住んでいる所は 十五小の通学区になったことを伝えました。更に、十五小には プールがあることを話しました。しかも、地元の店員は 少ないし、助っ人のような 従業員が居て 店員の回転が早いのでありますが、ずーっと居ていただきたいと伝えました。(後略)】と記させていただきました。なお、いつもは 1階に居る その茶髪の女性担当者(女性店員) と 上記の 細くて 神経質な様子の年配女性店員が 入り口のところに居ました。それで、【おはようございます。前回は 有人レジを ありがとうございました。】と伝え 挨拶をしました。ところが、その細くて 神経質な様子の年配女性店員は、余裕が なさそうな様子でありました。それで、その細くて 神経質な様子の年配女性店員は、隣の年配女性店員に 【嫌なことばかり】 と話していました。そこで、その細くて 神経質な様子の年配女性店員が レシートを落としましたので、【ポロっと 落ちましたよ。】と伝えて そのレシートを手渡しました。すると、【済みません。】とのことでありました。それで、その細くて 神経質な様子の年配女性店員が、セルフレジで 最終的な レシートのチェックを行なっていました。そこで、その細くて 神経質な様子の年配女性店員が 中年男性に レシートのチェックを言いましたら、その中年男性は 怒鳴っていました。それで、その声が 周囲に波及しました。そこで、その細くて 神経質な様子の年配女性店員を 労おうと思いましたが、誠に遺憾なことに、居なくなってしまいました。そうして、労うことが 適いませんでした。なお、経営者が 経費節減の目的で 導入した セルフ レジに問題があるのですね。序で乍ら、前述いたしましたように、その細くて 神経質な様子の年配女性店員は、【嫌なことばかり】 と話していました。因みに、【泣きっ面に 蜂】であり、言葉の力で 引き寄せてしまうのかと思われました。すなわち、引き寄せの法則でありますね。なお、エスカレーターに乗って 2階に 着きました。序で乍ら、前述いたしました 2階の 眼鏡を掛けた 年配女性店員に挨拶をしました。因みに、前述いたしました 2階の男性店員にも 挨拶をしました。なお、今回も 挨拶をする 太った 年配女性店員が居ます。すなわち、こちらから 【おはようございます。毎週 この時間に お会いすることができて 誠に有り難いです。宜敷く お願いします。開店時に 見掛けたのでありますが、遠かったので 挨拶をするのを遠慮しました。】と挨拶をしました。すると、近くに来まして、今回も、【態々。どうも。(今日も、)毎度。沢山 出てますから、沢山 買ってください。】とのことでありました。序で乍ら、その太った 年配女性店員とは、そのスーパー・マーケットを出るときにも、入り口で 会いました。そこで、その太った 年配女性店員は、商品の カップ麺を 2個 転がしていました。それで、沢山で たいへんですねと 労いました。因みに、その太った 年配女性店員からは 上記のように 【毎度。沢山 出てますから、沢山 買ってください。】と言われております。従って、【沢山】という キー ワードで お返ししたようなものかもしれないと 後になって 思われました。但し、そのときには、自然に 【沢山で たいへんですね。】という言葉が 口から出ました。
しかも、2階で 唐突に 中年女性から、【買いに来た トマトは 何処にありますか。】と尋ねられました。そこで、買い物籠を載せた ショッピング カートと 一緒に 移動して そのトマトのある場所を知らせました。なお、そのトマトの場所は 毎回 3ヶ所以上の場所に変更されるのであります。序で乍ら、前述いたしましたように 前回 先方から 絡んできた 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員が、当方の前を 通りました。そこで、無難に 【おはようございます。宜敷く お願いします。】と挨拶をしました。すると、その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員が 【先生】と言って来たので、気を付けました。案の定、その白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員は、その買い物籠を載せた ショッピング カートを スタッフの控室の前に 移動しました。ここは、いきなり スタッフが出てくるところなので 慌てなければならない 場所であります。因みに、通常は 商品を置いている場所なのであります。それで、上記のように 中年女性から トマトのある場所を尋ねられて、そのトマトの前の邪魔にならないところに その買い物籠を載せた ショッピング カートを置いたことを話しました。そこで、店員の方々の邪魔にならないように と思っていることを伝えました。すると、執拗に その白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員によりますと、年寄女性が ぶつかるから とのことでありました。但し、これは、明らかに 店員の立場で 自分たちが ぶつかるから と 言っていますね。なお、当方は 商人の息子であり お客さんの有難みは分かっていますが、その白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員は 警官のそれでありますので、お客さんが 誠に有り難いということを 分からないのでありますね。序で乍ら、これらのことを 家政婦さんに話しましたら、誠に有り難いことに、頷いて 納得して 同意してくれました。因みに、誠に異例なことに、前回に引き続き その 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員の方から 因縁を付けてきています。なお、父親が 警官なので、自分も警官であると 勘違いをしているのかもしれません。序で乍ら、このようなときの 対処法といたしましては、距離を置くことでありますが、上記のように 相手から近付いてきます。因みに、自分一人で抱え込まず、店長や責任者に報告した方がいいとのことでありました。なお、家政婦さんによりますと、店内が 狭いから ぶつかるとのことでありました。しかも、誠に有り難いことに、大袈裟にしない方がいい とのことでありました。序で乍ら、前述いたしましたように 店員の名札には ”STAFF”としか 書かれていないのであります。これでは 責任の所在が明らかになりません。因みに、店員の方も 遣りたい放題でも 匿名でありますので、責任を問われません。なお、如何なものであるかということでありますね。
序で乍ら、上記の部署のチーフの女性店員が 2階を通りましたので、お互いに 挨拶をしました。すなわち、【おはようございます。2階に見えることもあるのですね。】と挨拶をしました。すると、誠に有り難いことに、頷いていました。因みに、先月末 迄 は 国産の榊を買うことができたのでありますが、今月は 適いませんでした。つまり、支那産の榊か、国産の仏教用の樒しか 置かれていませんでした。そこで、仕方がないので、先週は その国産の樒を2対 購入しました。それで、前述いたしました 【店長への直行便】に書くことにしました。ところが、誠に遺憾なことに、用紙が置かれていませんでした。それで、下の画像のように 自前の用紙を使うことにしました。

自前の用紙を使った 【店長への直行便】
のみならず、午前10時前でありましたので、有人レジは 閉鎖されていて 今回も セルフレジであるかと思われました。ところが、上記の茶髪の女性店員が 一人だけ 会計に入っていました。それで、この列に並ぶことにしました。なお、その茶髪の女性店員は、その前に 2階に トマトを返しに来ていました。ところが、トマト売り場の場所が 判らなかったようで 上記の2階の男性店員に尋ねていました。序で乍ら、上記のように 2階で 唐突に 中年女性から、【買いに来た トマトは 何処にありますか。】と尋ねられました。そこで、そのトマトのある場所を知らせました。要するに、当方が尋ねられた そのトマト売り場のことであります。それで、その茶髪の女性店員に、上記のように そのトマトの場所は 毎回 3ヶ所以上の場所に変更されるので、判らないことも ありますよね と話しました。因みに、【(前略)いつもは 1階に居る その茶髪の女性担当者(女性店員)が 入り口のところで ドアを拭いていました。そこで、ドア越しに 会釈して 挨拶しました。なお、茶髪では なくなっていました。(後略)】と前述いたしました。それで、髪の毛の染め具合を 少し 黒に戻したようなので、そのドア越しに 会釈したときには 誰であるか よく 判らなくて キョトンとしていたでしょうと伝えました。但し、【髪の毛の染め具合は (日本的な黒髪に近付いて、)とても いい。】と話しました。
話を戻しますが、本来 当たり前のことでありますが、上記のように 商品を打ってもらえて 助かると伝えました。そして、前述いたしましたように、お豆腐 や らっきょうなどの 水の出る商品には 会計で打ち易いように 1種類の商品を纏めて、ビニール袋を被せております。そうすれば、態々 ビニール袋から 出さなくても、会計で打つことが出来ます。何故ならば、その袋には 1種類の商品しか入っていないからであります。
ところが、会計のときには バーコードを読み取る為に そのビニール袋が邪魔になりますので、取って 持ってきた方が いいでしょうかね と しばしば 訊いています。そして、会計で ビニール袋を被せてもらう 手間を省略してもらう為に、予め ビニール袋を被せていることを伝えました。そうして、以前 前述いたしました 年配女性店員が 会計で 間違ったようには ならないように、小松菜は 5袋であることを話しました。また、黒胡麻は 3袋(売り場で買うことができるのは この数でありました)であることを伝えました。序で乍ら、当家には 大勢が居ると思ったことでありましょう。因みに、見えたら また 並びますから 宜敷く お願いしますと伝えました。すると、誠に有り難いことに、点数になるので 喜んでくれました。但し、ポイントを使うかどうかは 尋ねてくれません。なお、そのスーパー・マーケットのクレジットカードを使って 決済しました。そこで、決済が終了したので、次の お客さんに専念して下さい と伝えました。但し、誠に有り難いことに、複数個の内 1個の買い物籠を運んでくれました。序で乍ら、そのスーパー・マーケットへは、自転車で通っております。因みに、往路で 当家から 出るところで マラソン姿で 走っている 男性が居ました。そこで、こちらに走ってきて 交差しそうになりました。なお、マラソン姿で 走るのであれば 歩道ではなく ロードコースである と思われました。序で乍ら、同じく同じく 往路で 中年男性が 対向から こちらに来ましたので、【御免なさい。どうぞ。】と 言って 道を譲りました。但し、相手の中年男性は 擦れ違うときに 何も言いませんでした。(後略)』と記させていただきました。
加うるに、午前9時の開店の 5分前に 到着しました。因みに、誠に有り難いことに、順番は 1番目でありました。なお、開店を待っているときに 前述いたしました 2階の男性店員が 店内に居ましたので、入口のドア越しに お辞儀をしました。すると、誠に有り難いことに、その相手も気が付きました。序で乍ら、その2階の男性店員には 開店後 2階でも会いましたので、『おはようございます。』と 改めて挨拶をしました。そして、その2階の男性店員は、午後10時20分を過ぎると、1階の有人レジにも入っていました。因みに、去る1月22日(木) の『菜食のおかず・1527(買い物)』のブログの中段やや上に、
『(前略)去る1月8日(木) の【菜食のおかず・1510(買い物)】のブログの中段やや上に、
【(前略)〖近所に 59年以上 住んでいますので、当初から 利用させていただいています。〗すなわち、18歳の頃 つまり 昭和53年(1978年)の サンデーマートの開店の頃から 通っていることを伝えました。それで、このスーパー・マーケットの名称が 今のそれに変わったことを話しました。因みに、この駅前の場所は その昭和53年(1978年)以前も、スーパー・マーケットであったことを伝えました。つまり、その場所は、ずっと スーパー・マーケットの敷地として 使われてきたのであります。(後略)】と記させていただきました。すなわち、【年齢が分かってしまうね。】と伝えて、このことを伝えました。すると、その茶髪の女性担当者(女性店員)によりますと、自分も この市生まれの この市育ちとのことでありました。それで、【いい市ですよね。】と答えました。すると、小学校も 中学校も この市であり、【十五小(市立第十五小学校)を出た。】とのことでありました。そこで、【自分は 四小(市立第四小学校)出身であり、十五小は、当方が 小学校二年生のときに 開校しました。それで、教室の三分の一位が その十五小に移ったのです。】と答えました。のみならず、今 住んでいる所は 十五小の通学区になったことを伝えました。更に、十五小には プールがあることを話しました。しかも、地元の店員は 少ないし、助っ人のような 従業員が居て 店員の回転が早いのでありますが、ずーっと居ていただきたいと伝えました。(後略)』と記させていただきました。なお、いつもは 1階に居る その茶髪の女性担当者(女性店員) が 入り口のところに居ました。それで、『おはようございます。前回も含めて 複数回 有人レジを ありがとうございました。』と伝え 挨拶をしました。序で乍ら、その茶髪の女性担当者(女性店員)には 1階でも会いましたので、『おはようございます。』と 改めて挨拶をしました。因みに、前述いたしました 2階の 眼鏡を掛けた 年配女性店員に挨拶をしました。なお、『(今日も、)毎度。沢山 出てますから、沢山 買ってください。』と いつも 向こうから言ってくる 太った 年配女性店員が、今回も 向こうから来ました。しかも、家政婦さんの負担にならないように 泥の付いていない 小松菜を 真剣に 選んでいる最中に 後ろから 声を掛けられたので、驚きました。それで、『おはようございます。開店時に 見掛けたのでありますが、遠かったので 挨拶をするのを遠慮しました。』と挨拶をしました。すると、その太った 年配女性店員によりますと、『店内が暑いです。』とのことであり 直ぐに そのまま 控室に入ってしまいました。そこで、その太った 年配女性店員が、控室から出てくるのを待ちました。そうして、その太った 年配女性店員に、スタッフが そう思っていて スタッフのことで たいへんでしょうから、店長に相談しましょうかと答えました。すると、その太った 年配女性店員によりますと、『自分が 暑がりなので、言わなくて いいです。』とのことでありました。序で乍ら、店内が暑いのではなくて、本人が暑がりと言うことなのでありますね。因みに、太っているからでありますね。それで、『お大事にして下さい。』と答えました。すなわち、前述いたしました 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員と同様に、単調な作業の気分転換 や 発散に利用されているのでありますね。因みに、マイクで 商品のアナウンスをしている 前述いたしました 2階の男性店員にも 挨拶をしました。なお、上記の細くて 神経質な様子の年配女性店員が 珍しく 2階に来ていましたので、『おはようございます。』と 挨拶しました。序で乍ら、『(前略)その細くて 神経質な様子の年配女性店員が 中年男性に レシートのチェックを言いましたら、その中年男性は 怒鳴っていました。それで、その声が 周囲に波及しました。そこで、その細くて 神経質な様子の年配女性店員を 労おうと思いましたが、誠に遺憾なことに、居なくなってしまいました。そうして、労うことが 適いませんでした。なお、経営者が 経費節減の目的で 導入した セルフ レジに問題があるのですね。(後略)』と記させていただきました。そこで、2階に見えたので、上記の 前回 すなわち 先週のことにつきまして、労いました。すると、新装開店の12月のときは 酷かったとのことでありました。それで、その12月のときも 今回と同様に その次回 すなわち 翌週に伝えたのでありますが、らくらくクマさん宅配便(買物宅配サービス)のことで その細くて 神経質な様子の年配女性店員は 中年男性に 怒鳴られていました。そこで、そのときも 労ったことを伝えました。すると、誠に有り難いことに、しばしば たいへんと言ってくれて とのことでありました。序で乍ら、経営者が 経費節減の目的で 導入した セルフ レジに問題があり、従業員にとりまして ストレッサー(英語:stressor)(去る 12年前の10月29日(水)の『身体の効率』のブログの中段で、この意味を詳細に記させて頂きました)になっているのでありますね。しかも、店のシステムの食い違いがあるのでありますね。因みに、去る1月22日(木) の『菜食のおかず・1527(買い物)』のブログの中段やや上に、
『(前略)去る1月8日(木) の【菜食のおかず・1510(買い物)】のブログの中段やや上に、
【(前略)〖近所に 59年以上 住んでいますので、当初から 利用させていただいています。〗すなわち、18歳の頃 つまり 昭和53年(1978年)の サンデーマートの開店の頃から 通っていることを伝えました。それで、このスーパー・マーケットの名称が 今のそれに変わったことを話しました。因みに、この駅前の場所は その昭和53年(1978年)以前も、スーパー・マーケットであったことを伝えました。つまり、その場所は、ずっと スーパー・マーケットの敷地として 使われてきたのであります。(後略)】と記させていただきました。すなわち、【年齢が分かってしまうね。】と伝えて、このことを伝えました。(後略)』と記させていただきました。すなわち、上記のことを伝えました。
そのうえ、前述致しましたように 475ポイントで ¥500円の買い物券と交換できる キャンペーンが 次週の金曜日~日曜日にあります。なお、その買い物券を獲得して 使う為には、まず クレジットカードを手渡して ポイントを使って 買い物券を獲得しなければなりません。そして、セルフレジでありますと その買い物券を使うことを 係員に言わなければなりません。すなわち、2回も その係員を煩わせなければならないのであります。但し、有人レジでありましたら 提出すればいいので しばしば 煩わせることはないかと思われました。それで、その細くて 神経質な様子の年配女性店員に、『来週 買い物券に引き替えさせていただきますので 何卒 宜敷く お願いします。』と伝えました。すると、その細くて 神経質な様子の年配女性店員によりますと、有人レジでも 買い物券に引き替えることができるとのことでありました。但し、有人レジでは 流れを滞らせてしまうのであります。
なお、前述の 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員は 居ませんでした。
おまけに、その細くて 神経質な様子の年配女性店員によりますと、午前10時になれば 有人レジが開くとのことでありました。ところが、午前10時10分過ぎでありましたが 有人レジは 閉鎖されていて、今回も セルフレジであるかと思われました。ところが、上記の眼鏡を掛けた 年配女性店員が 一人だけ 会計に入っていました。それで、この列に並ぶことにしました。しかも、去る1月22日(木) の『菜食のおかず・1527(買い物)』のブログの中段やや上に、
『(前略)去る1月8日(木) の【菜食のおかず・1510(買い物)】のブログの中段やや上に、
【(前略)〖近所に 59年以上 住んでいますので、当初から 利用させていただいています。〗すなわち、18歳の頃 つまり 昭和53年(1978年)の サンデーマートの開店の頃から 通っていることを伝えました。それで、このスーパー・マーケットの名称が 今のそれに変わったことを話しました。因みに、この駅前の場所は その昭和53年(1978年)以前も、スーパー・マーケットであったことを伝えました。つまり、その場所は、ずっと スーパー・マーケットの敷地として 使われてきたのであります。(後略)】と記させていただきました。すなわち、【年齢が分かってしまうね。】と伝えて、このことを伝えました。(後略)』と記させていただきました。すなわち、上記のことを伝えました。但し、その眼鏡を掛けた 年配女性店員は 耳が遠いのであることが 判りましたそのうえ、前述いたしましたように、お豆腐 や らっきょうなどの 水の出る商品には 会計で打ち易いように 1種類の商品を纏めて、ビニール袋を被せております。そうすれば、態々 ビニール袋から 出さなくても、会計で打つことが出来ます。何故ならば、その袋には 1種類の商品しか入っていないからであります。
ところが、会計のときには バーコードを読み取る為に そのビニール袋が邪魔になりますので、取って 持ってきた方が いいでしょうかね と しばしば 訊いています。そして、会計で ビニール袋を被せてもらう 手間を省略してもらう為に、予め ビニール袋を被せていることを伝えました。そうして、以前 前述いたしました 年配女性店員が 会計で 間違ったようには ならないように、小松菜は 下の画像のように 5袋であることを話しました。また、黒胡麻も 5袋であることを伝えました。序で乍ら、当家には 大勢が居ると思ったことでありましょう。因みに、見えたら また 並びますから 宜敷く お願いしますと伝えました。すると、誠に有り難いことに、点数になるので 喜んでくれました。なお、そのスーパー・マーケットのクレジットカードを使って 決済しました。因みに、そのスーパー・マーケットへは、自転車で通っております。序で乍ら、往路で 中年男性が 対向から こちらに来ましたので、『御免なさい。どうぞ。』と 言って 道を譲りました。但し、相手の中年男性は 擦れ違うときに 何も言いませんでした。(後略)」と記させていただきました。
ならびに、午前9時の開店の 7分前に 到着しました。序で乍ら、誠に有り難いことに、順番は 1番目でありました。因みに、去る1月22日(木) の「菜食のおかず・1527(買い物)」のブログの中段やや上に、
「(前略)去る1月8日(木) の『菜食のおかず・1510(買い物)』のブログの中段やや上に、
『(前略)【近所に 59年以上 住んでいますので、当初から 利用させていただいています。】すなわち、18歳の頃 つまり 昭和53年(1978年)の サンデーマートの開店の頃から 通っていることを伝えました。それで、このスーパー・マーケットの名称が 今のそれに変わったことを話しました。因みに、この駅前の場所は その昭和53年(1978年)以前も、スーパー・マーケットであったことを伝えました。つまり、その場所は、ずっと スーパー・マーケットの敷地として 使われてきたのであります。(後略)』と記させていただきました。すなわち、『年齢が分かってしまうね。』と伝えて、このことを伝えました。すると、その茶髪の女性担当者(女性店員)によりますと、自分も この市生まれの この市育ちとのことでありました。それで、『いい市ですよね。』と答えました。すると、小学校も 中学校も この市であり、『十五小(市立第十五小学校)を出た。』とのことでありました。そこで、『自分は 四小(市立第四小学校)出身であり、十五小は、当方が 小学校二年生のときに 開校しました。それで、教室の三分の一位が その十五小に移ったのです。』と答えました。のみならず、今 住んでいる所は 十五小の通学区になったことを伝えました。更に、十五小には プールがあることを話しました。しかも、地元の店員は 少ないし、助っ人のような 従業員が居て 店員の回転が早いのでありますが、ずーっと居ていただきたいと伝えました。(後略)」と記させていただきました。序で乍ら、いつもは 1階に居る その茶髪の女性店員が 入り口のところに居ました。それで、「おはようございます。宜敷く お願いします。」と伝え 挨拶をしました。ところが、いつも そうでありますが その茶髪の女性店員は、朝は ボーとしているのであります。因みに、前述いたしました 2階の 眼鏡を掛けた 年配女性店員に挨拶をしました。なお、「(今日も、)毎度。沢山 出てますから、沢山 買ってください。」と いつも 向こうから言ってくる 太った 年配女性店員は 居ませんでした。序で乍ら、マイクで 商品のアナウンスをしている 前述いたしました 2階の男性店員にも 挨拶をしました。しかも、若くて 体形が 細い男性が 当方の脇を通り過ぎるときに、「(肉売り場の)肉が減っている。」とのことでありました。因みに、前述いたしました 白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員が 目の前を通りましたので、「おはようございます。宜敷く お願いします。先週は お会いできませんでしたね。」と伝え 挨拶をしました。なお、上記のように 中年女性から トマトのある場所を尋ねられて、そのトマトの前の邪魔にならないところに その買い物籠を載せた ショッピング カートを置いたことを話しました。そこで、店員の方々の邪魔にならないように と思っていることを伝えました。すると、執拗に その白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員によりますと、年寄女性が ぶつかるから とのことでありました。序で乍ら、家政婦さんによりますと、店内が 狭いから ぶつかるとのことでありました。因みに、その狭い通路に 店員も その買い物籠を載せた ショッピング カートよりも 大きい 荷物を置いています。すなわち、当方のみでは その「年寄女性が ぶつかる。」は どうにもならないのであります。それで、長年 そのスーパー・マーケットに通っていて、店長に相談することを伝えました。なお、その白い服を着た 眼鏡を掛けた 男性店員が スタッフの控室に入って なかなか 出てこないので、5回目のときに こちらから 向かい 伝えました。つまり、「お世話になっていることを伝えさせていただきます。それ位しか、報いる方法がないから。」と話しました。すると、誠に有り難いことに、「(店長に)伝えておく。」とのことでありました。要するに、そのスーパー・マーケット 全体の話(問題)でありますから、店長に伝わることは 妥当なことである と思われました。
および、会計を行なう 目的で 1階に降りましたら、当方が運ぶ その買い物籠を載せた ショッピング カートに ぶつかってくる 若い男性が居ました。すなわち、いずれにしても ぶつかってくる人は居ると思われました。なお、前回 有人レジで 会計を行なってくれた 上記の眼鏡を掛けた 年配女性店員が セルフレジのところに居ましたので、遠くから 会釈しました。序で乍ら、前述致しましたように 425ポイントで ¥500円の買い物券と交換できる キャンペーンが 今回の金曜日~日曜日にあります。なお、その買い物券を獲得して 使う為には、まず クレジットカードを手渡して ポイントを使って 買い物券を獲得しなければなりません。そして、セルフレジでありますと その買い物券を使うことを 係員に言わなければなりません。すなわち、2回も その係員を煩わせなければならないのであります。但し、有人レジでありましたら 提出すればいいので しばしば 煩わせることはないかと思われました。それで、その細くて 神経質な様子の年配女性店員に、先週の時点で 「来週 買い物券に引き替えさせていただきますので 何卒 宜敷く お願いします。」と伝えました。それで、午前10時になりましたら、買い物券に引き替えようと思いました。すると、誠に有り難いことに、丁度 その細くて 神経質な様子の年配女性店員が来て、「まだ 午前10時には 1分 ある。」と伝えました。ところが、誠に有り難いことに、「いいですよ。」とのことでありました。そうして、前述いたしましたように、その細くて 神経質な様子の年配女性店員に 先週 今回のことを お願いすると話していましたので、居てくれて よかったですと伝えました。因みに、前回 すなわち 12月のときとは 違い、クレジットカードは必要ないとのことでありました。なお、アプリのみでいいのであります。そこで、交換の限度は 10枚 迄でありますので、10枚を交換しました。そこで、最初 すなわち 昨年の12月のときには、1枚ずつしか 使えないと 会計で 言われましたが、そうではありませんでした。それで、10枚を使うことができるかどうかは、その細くて 神経質な様子の年配女性店員は 自分の手帳を見ていました。序で乍ら、大量のタグが貼 られた 手帳でありましたので、「勉強していますね。」と労いました。そこで、取り 敢 えず 10枚を使うことができるとのことでありました。因みに、買い物券に引き替えた分は ポイント数が減少している筈でありました。なお、その細くて 神経質な様子の年配女性店員によりますと、某”Pay”のアプリ と そのスーパー・マーケットのアプリが 連動しているかどうかは、両者のアプリのポイント数を見れば 分かるとのことでありました。それで、言われたように ポイント数を確認しましたが、更新のボタンを押しても ポイント数が減少していませんでした。そうして、その細くて 神経質な様子の年配女性店員も、当方のスマートフォンの更新のボタンを ビニール袋を付けた手で 押しました。ところが、それでも 同じでした。すると、その細くて 神経質な様子の年配女性店員によりますと、そのスーパー・マーケットのWi-Fiの繋 がりが 悪い とのことでありました。そこで、Wi-Fiの繋 がりが 悪い と たいへんですねと労いました。すると、暫くして ポイント数が減少しました。それで、両者のアプリのポイント数を見ましたら 同じでありましたので、両者が 連動していることが分かりました。序で乍ら、その細くて 神経質な様子の年配女性店員によりますと、その両者のアプリ と クレジットカードの連動のことを言い出しました。そこで、その某”Pay”のアプリでは カード払いができるので、クレジットカードと連動していると思う と答えました。すると、その細くて 神経質な様子の年配女性店員によりますと、それは 分からないとのことでありました。それで、その両者のアプリと クレジットカードとの連動の話になりました。すると、その細くて 神経質な様子の年配女性店員によりますと、それは どうか 分からないとのことでありました。そこで、明確化(精神分析の用語)させてくださいと伝えました。要するに、その両者のアプリが 連動していて、その某”Pay”のアプリが クレジットカードと連動していたとしても、そのスーパー・マーケットのアプリが クレジットカードと連動しているのではないということであります。

交換した 買い物券 10枚分(上記のように 1分前の 午前9時59分の表示になっております)
また、午前10時過ぎでありましたが、有人レジは 閉鎖されていて 今回も セルフレジであるかと思われました。ところが、その細くて 神経質な様子の年配女性店員が 一人だけ 会計に入っていました。それで、この列に並ぶことにしました。しかも、上記の 10枚の買い物券を 早速 使いました。そのうえ、前述いたしましたように、お豆腐 や らっきょうなどの 水の出る商品には 会計で打ち易いように 1種類の商品を纏めて、ビニール袋を被せております。そうすれば、態々 ビニール袋から 出さなくても、会計で打つことが出来ます。何故ならば、その袋には 1種類の商品しか入っていないからであります。
ところが、会計のときには バーコードを読み取る為に そのビニール袋が邪魔になりますので、取って 持ってきた方が いいでしょうかね と しばしば 訊いています。そして、会計で ビニール袋を被せてもらう 手間を省略してもらう為に、予め ビニール袋を被せていることを伝えました。そうして、以前 前述いたしました 年配女性店員が 会計で 間違ったようには ならないように、小豆は 下の画像のように 2袋であることを話しました。また、黒胡麻は 5袋であることを伝えました。因みに、当家には 大勢が居ると思ったことでありましょう。なお、見えたら また 並びますから 宜敷く お願いしますと伝えました。すると、誠に有り難いことに、点数になるので 喜んでくれました。序で乍ら、そのスーパー・マーケットのクレジットカードを使って 決済しました。因みに、クレジットカードの矢印の向きを確認して 挿入しています。なお、その矢印の向きを確認する過程で、その細くて 神経質な様子の年配女性店員から 急かされました。序で乍ら、その細くて 神経質な様子の年配女性店員によりますと、そのクレジットカードの向きが 逆とのことでありました。因みに、その細くて 神経質な様子の年配女性店員は、空いた 買い物籠を持って行ってしまいます。なお、その買い物籠に 商品を入れて、自転車のあるところ迄 運ぶのであります。従って、その細くて 神経質な様子の年配女性店員が 通りましたので、その買い物籠が 必要であることが分かったでありましょう。序で乍ら、入口のところで その細くて 神経質な様子の年配女性店員は その買い物籠を回収していましたので、会釈して そのスーパー・マーケットを出ました。因みに、そのスーパー・マーケットを出ましたら、誠に遺憾なことに、駐輪場の90分の限界に 1分 過ぎておりました。取りも直さず、¥100円の駐輪料金を支払わなければなりませんでした。

前述いたしましたように 駐輪場の90分の限界に 1分 過ぎておりましたが、精算するのに 3分 掛かりましたので、上の画像の領収書には 合計 4分の タイムオーバーと記録されております。因みに、午前8時54分から 10時28分 迄 でありました
なお、そのスーパー・マーケットへは、自転車で通っております。序で乍ら、往路で 中年男性が 対向から こちらに来ましたので、「御免なさい。どうぞ。」と 言って 道を譲りました。但し、相手の中年男性は 擦れ違うときに 何も言いませんでした。因みに、当家から そのスーパー・マーケットに通じる 道路には、黄色の実線のセンターラインが引かれています。なお、当方は 上記のように 自転車で通っておりますので、車道の左隅を走行しています。すると、その黄色の実線のセンターラインでは ウィンカーを出しても はみ出しは 禁止であるにもかかわらず、乗用車が ウィンカーも出さずに その黄色の実線のセンターラインを はみ出して 追い抜いていきました。
そのうえ、去る 昨年の3月10日(金)の「菜食のおかず・340(買い物)」のブログの中段やや上に、
「(前略)去る1月11日(水)の『菜食のおかず・282(買い物)』のブログの上段やや下に、
『(前略)品切れの商品を購入する目的で 別のスーパー・マーケットに行かなければなりませんでした。(後略)』と記させて頂きました。そして、今回も、品切れの商品を購入する目的で 別のスーパー・マーケットに行かなければなりませんでした。(後略)」と記させて頂きました。
すなわち、前述の 去る1月15日(木) の「菜食のおかず・1518(買い物)」のブログの中段やや下に、
「(前略)去る 昨年の12月25日(木) の『菜食のおかず・1493(買い物)』のブログの中段やや下に、
『(前略)今回は、店内に 少数の従業員が 居まして、店長に 会いました。なお、今年 最後になると思われましたので、当方から 今回も【どうぞ よい年の瀬を お過ごし下さり、良い お年を お迎えになられて下さい。来年も、何卒 宜敷くお願いします。】と伝えました。序で乍ら、上記のように 新しいスーパー・マーケットが 新装開店しましたので、めっきり お客が 減少しました。因みに、前述の 去る12月11日(木) の【菜食のおかず・1477(買い物)】のブログの中段やや上に、
【(前略)誠に遺憾なことに、男性・女性店員の名札が “STAFF”でありました。因みに、去る 一昨々年の1月24日(月)の〖リハビリテーション(父親)・167・中編・7〗のブログの中段やや上に、
〖(前略)去る 一昨年の10月13日(火)の〔構造改革・問題〕のブログに、国際金融資本家(左翼系ユダヤ人)たちによる 新自由主義の流れで 日本において 構造改革が なされていることを記させて頂きました。すなわち、構造改革が なされる以前の日本は、資本主義でも 日本独自の 資本主義でありました。つまり、共同体であります。しかも、経営者資本主義であります。要するに、経営者と社員が居て、社員は宝でした。すなわち、会社の利潤は、社員に分配されました。因 みに、去る 一昨年の10月7日(水)の〔君民一体〕のブログの中段に、
〔(前略)母校の学部同期生で、カール・マルクス(独語: Karl Marx)の著書である 唯物主義の〘資本論〙を読んだという者がおりました。この〘資本論〙によりますと、〘労働者は 団結して、資本家を倒すべし。〙と 被搾取階級の暴力革命の扇動に飛躍させています。なお、彼の言う通りに プロレタリア(独語: Proletarier)(日本語:賃金労働者)が ストライキ(英語: strike) や 暴力革命を資本家に対して 行った場合、生産性は停止し 余剰価値も失われてしまいます。結局、プロレタリアの行ったことは 自らに帰ってくるのです。ところが、元来 日本には、彼のような 考え方は ありませんでした。すなわち、本来 日本人は、自らの役割を果たすということで 君民一体の上で 公私 共に栄えてきたのであります。(後略)〕と記させて頂きました。
それから、去る 昨年の12月31日(金)の〔大晦日(令和3年)〕のブログの中段に、
〔(前略)カール・マルクスは、資本主義が余剰価値(余剰資産)を生み出すことを認めています。問題は この配分にあるのですが、カール・マルクスは、〘資本論〙の中で その問題を回避し、被搾取階級の暴力革命の扇動に飛躍させています。つまり、資本家 と 労働者を分断して、労働者は 団結して 資本家を倒すように煽動しているのであります。但し、誠に謀略であるのは、この 倒すべき資本家というのは 国際金融資本家(左翼系ユダヤ人 そして その影響を受けた資本家たち)のことではないのであります。すなわち、国際金融資本家 以外の資本家ということであります。
ところが、古来 日本では、各々が 自らの役割を果たすことによって、お互いに共存共栄してきました。そこには、分断は ないのであります。上記のように 分断統治法を用いているのは 国際金融資本家(左翼系ユダヤ人 そして その影響を受けた資本家たち)であります。(後略)〕と記させて頂きました。
しかして、上記のように、カール・マルクスでさえも、資本主義が 余剰価値(余剰資産)を生み出すことを認めています。なお、問題はこの配分にありますが、カール・マルクスは その問題を回避し、被搾取階級の暴力革命の扇動に飛躍させています。序で乍ら、彼の言う通りに プロレタリアが ストライキや暴力革命を資本家に対して行った場合、生産性は停止し余剰価値も失われるでしょう。そして、プロレタリアは ハイパーインフレと飢餓に直面し、彼らには戦う力も残らないでしょう。なお、上記のように、資本家 と 労働者を分断させているのは、国際金融資本家(左翼系ユダヤ人 そして その影響を受けた資本家たち)なのであります。
話を戻しますが、日本独自の 資本主義が、高度経済成長を支えました。すなわち、入社すると 年功序列であり、骨を埋める覚悟でありました。つまり、上記のように、日本では、各々が 自の役割を果たすことによって、お互いに共存共栄してきました。そこには、分断は ないのであります。ところが、新自由主義の流れで 日本において 構造改革が なされて、経営者資本主義から 株主資本主義に改悪されました。すなわち、国際金融資本家(左翼系ユダヤ人 そして その影響を受けた資本家たち)が儲かるような システムに変えられたのであります。要するに、株主資本主義では、経営者と株主が主体であり、宝であった社員は 労働者になり 蚊帳の外の存在になりました。すなわち、労働者は ものであり コストとして扱われるようになりました。つまり、失われた 20~30年と言われていますが、その理学療法士の方も認めているように 賃金は横這いであります。しかし乍ら、株主への配当金は 4倍になっています。正しく、亡国の株主資本主義であります。
なお、その理学療法士の方によりますと、会社は 利益をプールして 使わないとのことでした。すなわち、会社の利潤を 労働者に 配分しないのであります。要するに、会社は 利益をプールして それから 株主への配当金に回して 労働者への配分は 最後なのであります。(後略)〗と記させて頂きました。すなわち、名札が 苗字から “STAFF”に変わることによって 没個性化され 労働者は ものであり コストとして扱われるようになっているのであります。従って、当方は 没個性化ではなく 店員たちの苗字を覚えていて 苗字で 〖○○さん〗と呼んでから 話し始めることにしているのであります。ところが、上記のように 名札が “STAFF”でありますので、誠に遺憾なことに 苗字で 〖○○さん〗と呼ぶことが適いません。(後略)】と記させていただきました。なお、前述の 去る12月11日(木) の【菜食のおかず・1477(買い物)】のブログの中段やや上に、
【(前略)同じ系列の スーパー・マーケット(この新装開店した スーパー・マーケットの前に 利用していました)では、以下に記させていただきましたように “STAFF”という 名札でありましたが、前回 苗字のそれに変ったことを伝えました。すなわち、以下に示す 男性店員によりますと、副店長が変わって その方針になったとのことでありました。(後略)】と記させていただきました。ところが、今回 見ましたら、誠に遺憾なことに、再度 “STAFF”という 名札になっていました。序で乍ら、会計では 今回は 【さいとう】という 年配女性店員 そして 【なかがわ】という 年配女性店員を含めて 二人 が 居ました。因みに、居れば 並んでいる 【しもだいら】という 年配女性店員が 引っ込んでしまいましたので、仕方なく その【なかがわ】という 年配女性店員の列に並びました。なお、前述致しましたように、お豆腐 や らっきょうなどの 水の出る商品には 会計で打ち易いように 1種類の商品を纏めて、ビニール袋を被せております。そうすれば、態々 ビニール袋から 出さなくても、会計で打つことが出来ます。何故ならば、その袋には 1種類の商品しか入っていないからであります。
ところが、会計のときには バーコードを読み取る為に そのビニール袋が邪魔になりますので、取って 持ってきた方が いいでしょうかね と しばしば 訊いています。そして、会計で ビニール袋を被せてもらう 手間を省略してもらう為に、予め ビニール袋を被せていることを伝えました。そうして、以前 前述致しました 年配男性店員が 会計で 間違ったようには ならないように、黒胡麻は 4袋 そして 梅干は 2パックであることを伝えました。序で乍ら、当家には 大勢が居ると思ったことでありましょう。因みに、黒胡麻は 5袋を買う予定でありましたが、売り場に 5袋しか なかったので、上記のように 【関東の一つ残し】を行ないまして、4袋を購入しました。すなわち、次に 買い物に来る お客さんの為であります。つまり、今回も、次に 買い物に来る お客さんの為に、上記の【関東の一つ残し】を行ないました。そして、次に 買い物に来る お客さんの為であり、【関東の一つ残し】であることを 話の流れで その年配女性店員にも話そうかと思いました。なお、毎年 このスーパー・マーケットで 門松を購入していると話しました。しかも、時間帯が違うから 会わないのであるとの話になりました。それで、見えたら また 並びますから 宜敷く お願いしますと伝えました。すると、誠に有り難いことに、点数になるので 喜んでくれました。序で乍ら、この近くに 58年 住んでいますが、このスーパー・マーケットが 開店した 当初から 利用していると伝えました。それで、その【なかがわ】という 年配女性店員とも、10数年 お会いしていると伝えました。すると、誠に有り難いことに、【そうですね。】とのことでありました。そこで、以前は 誠に遺憾なことに 受け取ってもらえませんでしたが、今回 名刺を手渡しましたら 誠に有り難いことに 受け取ってくれました。因みに、その【なかがわ】という 年配女性店員から 【支払いを!】と 強く言われましたので、【いつも 必ず 決済している。】と答えました。なお、上記の 引っ込んでしまった 【しもだいら】という 年配女性店員が 目の前を通りましたので、会計に 少し入っておられたが、並ぼうと思ったと伝えました。すると、【仕事があって】とのことでありました。それで、今年 最後になると思われましたので、当方から 今回も【どうぞ よい年の瀬を お過ごし下さり、良い お年を お迎えになられて下さい。来年も、何卒 宜敷くお願いします。】と伝えました。序で乍ら、そのスーパー・マーケットへは、自転車で通っております。因みに、風が強い日でありましたので、誠に遺憾なことに、当方の自転車を含めて 数台が転倒していました。なお、往路で 中年男性が 対向から こちらに来ましたので、【御免なさい。どうぞ。】と 言って 道を譲りました。但し、相手の中年男性は 擦れ違うときに 何も言いませんでした。
それから、今回は 前回に引き続き、スーパー・マーケットで購入しました。但し、誠に遺憾なことに、上記の 新装開店した スーパー・マーケットでは 前述いたしまたように セルフレジでありましたので、自分で 仏花 の水処理をしなければなりませんでした。また、上記の【なかがわ】という 年配女性店員は、下の画像の榊の水処理を ビニール袋に入れたのみでありました。

上記のように 購入した 榊(国産)

上記のように 購入した 仏花 (国産)
(後略)』と 記させていただきました。
それから、今回は、店内に少数の従業員が 居ましたが、店長には 会いませんでした。因みに、会計では 今回は 『さいとう』という 年配女性店員 そして 『なかがわ』という 年配女性店員を含めて 二人 が 居ました。なお、居れば 並んでいる 『しもだいら』という 年配女性店員が 引っ込んでしまいましたので、仕方なく その『なかがわ』という 年配女性店員の列に並ばなければならないかと思われました。ところが、誠に有り難いことに、その『しもだいら』という 年配女性店員が また 会計に出て来てくれました。序で乍ら、そのことを その『しもだいら』という 年配女性店員に伝えました。因みに、ご多用で 他の仕事が あるので 会計から 外れるのは 仕方のないことですね と労いました。そして、今年最初なので、『おめでとうございます。本年も 宜敷く お願いします。』と伝えました。それで、今年 最初が 『しもだいら』さんで よかったです と話しました。すると、誠に有り難いことに、『恐縮です。』とのことでありました。なお、前述致しましたように、お豆腐 や らっきょうなどの 水の出る商品には 会計で打ち易いように 1種類の商品を纏めて、ビニール袋を被せております。そうすれば、態々 ビニール袋から 出さなくても、会計で打つことが出来ます。何故ならば、その袋には 1種類の商品しか入っていないからであります。
ところが、会計のときには バーコードを読み取る為に そのビニール袋が邪魔になりますので、取って 持ってきた方が いいでしょうかね と しばしば 訊いています。そして、会計で ビニール袋を被せてもらう 手間を省略してもらう為に、予め ビニール袋を被せていることを伝えました。そうして、以前 前述致しました 年配男性店員が 会計で 間違ったようには ならないように、黒胡麻は 3袋であることを伝えました。序で乍ら、当家には 大勢が居ると思ったことでありましょう。因みに、黒胡麻は 4袋を買う予定でありましたが、売り場に 4袋しか なかったので、上記のように 『関東の一つ残し』を行ないまして、3袋を購入しました。すなわち、次に 買い物に来る お客さんの為であります。つまり、今回も、次に 買い物に来る お客さんの為に、上記の 『関東の一つ残し』を行ないました。そして、次に 買い物に来る お客さんの為であり、『関東の一つ残し』であることを 話の流れで その年配女性店員にも話そうかと思いました。なお、時間帯が違うから 会わないのであるとの話になりました。それで、見えたら また 並びますから 宜敷く お願いしますと伝えました。すると、誠に有り難いことに、点数になるので 喜んでくれました。序で乍ら、支払いが終わって レシートを見ますと、値札では ¥199円になっている ズッキーニが ¥139円しか 請求されていませんでした。それで、直ぐに 差額の60円を支払うべく その『しもだいら』という 年配女性店員のところに行きました。すると、その年配女性店員によりますと、値札の額が多い分には いいとのことでありました。因みに、そのスーパー・マーケットへは、自転車で通っております。なお、往路で 中年男性が 対向から こちらに来ましたので、『御免なさい。どうぞ。』と 言って 道を譲りました。但し、相手の中年男性は 擦れ違うときに 何も言いませんでした。(後略)」と 記させていただきました。

国産の 胡瓜

国産の 大根(大根の辛みは、「イソチオシアネート」という成分によります。因みに、大根の旬は 11月以降であり 12月、1月、2月、3月 そして 4月に 入りましたので、漸く 辛さが和らいできましたね)

国産(北海道産)の 小豆

国産(北海道産)の 小豆 3袋

黒胡麻 5袋

国産の 生椎茸

国内生産の トマト ソース(家政婦さんによりますと、使ったことがない とのことでありました)

国産の 亜麻仁油

国産の 荏胡麻油

国産の しらす干し(家政婦の為の商品です。因みに、去る 4年前の8月2日(火)の「西・2(マドリード)」のブログの中段やや下に、片口鰯 のことを記させて頂きました。なお、御承知のように しらすは、その片口鰯の稚魚であります)

国産の しらす干し(家政婦の為の商品であります)
ところで、去る 10年前の9月26日(月)の「母親の入院・続報3(資源回収)」ブログの上段やや下などに、
「(前略)一昨々日 すなわち 9月23日(金)の『資源回収・続報16(母親の血圧)』のブログの中段に、『家族の洗濯物のことも致しました。』と記させて頂きました。因みに、毎日 洗濯致しております。なお、昨日は、母親の洗濯物も致しました。(後略)」と記させて頂きました。毎日 家族の洗濯物を洗濯して 干 してきました。
また、前述の 去る 10年前の9月23日(金)の「資源回収・続報16(母親の血圧)」のブログなどに記させて頂きましたように、平日 毎日のごみの回収(可燃物資源、不燃物資源、可燃物ごみ そして 不燃物ごみなど)がありますので、これらに対応しなければなりません。因みに、去る 10年前の3月2日(水)の「焼き麩・資源の回収」のブログの上段に、
「(前略)資源を出して それらの資源を回収してくれることが成立する、この ちょっとしたことが 喜びに繋がっています。幸福とは 幸せを感じるその人の気持ち次第であるのである ということが、この資源の回収から 今更乍ら 思われます。(後略)」と記させて頂きました。
ならびに、お風呂、トイレ そして 部屋などの掃除、庭の植物への水 撒 き や 外壁塗装など 自宅の維持管理のことがあります。
さて、ヘルパー(日本語:家政婦)によりますと、誠に有り難いことに、 一人 で 二人 の親をみることは たいへん とのことでありました。しかも、これからも 長丁場だから とのことでしたが、去る 8年前の3月6日(火)の「母親の転帰」のブログに記させて頂きましたように、母親が 亡くなりました。 また、去る 4年前の3月11日(金)の「父親の転帰」のブログに記させて頂きましたように、父親が 続いて 亡くなりました。因みに、飲み物を頂いたり 食事をしたりするときには、両親と 共に 頂いている気持ちでおります。なお、 勿論 、毎日のように 御仏壇に お供えを致して お線香を あげております。序で乍ら、父親も 母親も、神様であります。従いまして、両親を想うことは、神様を想うことであると思われます。
ならびに、去る 4年前の9月22日(木)の「菜食のおかず・172(大和芋)・洗濯物」のブログの中段やや上に、
「(前略)去る 一昨々年の2月24日(日)の『母親の一周忌の挨拶』のブログ そして 去る 一昨年の2月27日(木)の『母親の三回忌の挨拶』のブログの上段に、
『(前略)【今日は、何が食べたい?】、【少し暖かくなったね。】と、誠に有り難いことに、毎日 会話しました。(後略)』と 記させて頂きました。なお、僧侶を招いて 供養することも 必要であるか と存じますが、人に両親の話をすることが 供養であるとされています。更に、お供えをすることも 大事ですが、一番 大切な供養は、日々 両親に 上記のように、『少し暖かくなったね。』と話し掛けることであると思われます。(後略)」と 記させて頂きました。
および、去る 一昨々年の3月5日(日)の「父親の 一周忌での 挨拶」のブログ、去る 4年前の7月11日(月)の「父親の 初盆(新盆)での 挨拶」のブログ そして 去る 4年前の3月20日(日)の「父親の告別式[家族葬]での 挨拶」のブログのそれぞれ上段に、
「(前略)当方から『よかったね。御飯 食べられて。』 そして 父親から『美味しかった。』が 毎朝の言葉の遣り取りでした。
母親との言葉の遣り取りは、『暖かくなったね。今日は、何が食べたい?』などでありました。すなわち、 去る 一昨々年の2月27日(木)の『母親の三回忌の挨拶』のブログの上段に記させて頂きましたように、毎日 会話しました。
(中略)
なお、『よかったね。御飯 食べられて。』は、日々 食べることが出来ることに 感謝の気持ちを捧げた言葉であります。(後略)」と 記させて頂きました。
また、誠に有り難いことに、親父さん、おふくろさん そして 御先祖様の 生命が 当方の中に 生きているのであると思われました。
ときに、ヘルパー(日本語:家政婦)に因ませて頂きます。すなわち、去る 4年前の4月1日(金)の「家政婦さんの入院」のブログに記させて頂きましたように、約4年8ヶ月 勤務してくれた 家政婦さんが入院しました。そして、誠に有り難いことに、去る 一昨年の4月18日(月)に 退院しました。
次 に、昨日、一日の食事(菜食)を 感謝の気持ちを 籠 めさせて頂いて 記させて頂きます。なお、去る 10年前の10月6日(木)の「3年目の感謝」のブログの下段などに、
「(前略)昨日も、おかずどころではありませんでした。そして、昨日も やはり 90分 睡眠でした。(後略)」と 記させて頂きました。昨日も、いつものことですが、結局 蒲団に入ることが 適いませんでした。序で乍ら、去る 10年前の9月30日(金)の「母親の入院・続報7」のブログの下段やや上に、
「(前略)レム睡眠(英語: rapid eye movement sleep, REM sleep) と ノンレム睡眠の1周期が 約90分とされています。但し、個人差があり、この1周期が 80分の人も居れば 110分の人も居るようです。ヘルパー(日本語:家政婦)によりますと、自分は 60分とのことでした。因みに、去る 昨年の12月21日(月)の『催眠に効果的な言葉』のブログ の上段に、
『(前略)一般的に、顕在意識が5%位 また 潜在意識が95%位と 云 われますが、個人差があります。顕在意識が2~3%位の場合もあります。(後略)』と記させて頂きました。こちらも、同様に 個人差があります。(後略)」と 記させて頂きました。
話を戻しますが、取り 敢 えず 納豆であります。 因みに、前述の 去る 10年前の9月30日(金)の「母親の入院・続報7」のブログの上段に、
「(前略)去る 一昨年 の10月9日(木)の『笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗 から 大乗 へ』のブログ の下段やや上に、
『(前略)医科学の大事典に、【穀物に大豆食品をとれば、蛋白質の量 及び 質 共に、完全ではないが、大きな欠陥は無いようになる。なお、植物性食品では、カルシウム(Ca)、鉄(Fe)、ビタミンB1(チアミン) 及び B2(リボフラビン)の少ないものが多く、また、ビタミンB12(シアノコバラミン)は 全く含まれていない。従って、菜食では、いろいろ多種の食品を 摂取 ることが大切で、・・・食事の量が多くなるので、子供や老人には適当でない】との旨 が書かれてあります。(後略)』と記させて頂きました。上記のように、最低限 穀物に大豆食品と思われました。(後略)」と記させて頂きました。なお、納豆の食べ 方 ですが、たれも付けずに 納豆の味を そのまま頂きます。因みに、去る 12年前の10月5日(日)の「ボランティア・高尾山登山 」のブログ そして 去る 11年前の1月21日(水)の「ボランティア・高尾山登山・その2」のブログのそれぞれ上段などに、
「(前略)18年間、月二回 日曜日に、・・・ボランティアを、このトップの方々二人に委託されて、行って参りました。そのボランティアで、過日 子供達と父兄を連れて、スタッフと共に、東京都八王子市にある 高尾山に登りました。(^O^)(後略)」と お伝え申し上げました。当時 そのボランティアのスタッフから 食べ方を 訊かれましたので、上記のように 納豆を そのまま味わう と回答致しましたら 「ええ!」とのことでありました。序で乍ら、納豆パワーですね。
なお、納豆1パック(約50g)には、約8μgのセレンが含まれています。因みに、セレンは、必須微量ミネラルです。序で乍ら、主に 肝臓 や 腎臓に含まれ、甲状腺ホルモンの活性化に必須であり、抗酸化作用で 組織細胞の酸化を防ぐ働きをするとされています。因みに、過剰摂取した場合 中毒を起こす とされていますが、納豆 一日 2パック位であるならば 問題ないとされています。
ところで、去る 7年前の6月13日(木)の「鰻の蒲焼・339(カレーうどん・父親の食事)」のブログの中段やや下などに、
「(前略)一昨日 すなわち 6月11日(火)の『理容店 ・続報 21(カレーうどん・父親の食事)』のブログの下段に、
『(前略)去る 一昨々年の7月17日(日)の【歯科受診・続報6(父親への贈り物)】のブログなどに、部分入れ歯をすることを勧められた と記させて頂きました。この 33ヶ月以上、この部分入れ歯を 嵌 める時間の余裕もありませんでした。すると、家政婦によりますと、入れ歯が合わなくなる とのことでした。なお、父親の入れ歯は、毎日 洗われています。(後略)』と記させて頂きました。そして、一昨日 すなわち 6月11日(火)の『歯科受診・続報8(抜歯)』のブログの下段やや上に、
『(前略)局所麻酔で 抜歯となりました。なお、この左下大臼歯のこと、長年 本当に 御苦労様でした。因みに、この左下大臼歯を抜歯した為に、下の画像の部分入れ歯は 使うことが出来なくなりました。序で乍ら、上記のように 何回も 通って この部分入れ歯が作られましたが、ほとんど使用することが適いませんでした。(後略)』と記させて頂きました。なお、この部分入れ歯は、去る 一昨々年の7月17日(日)の『歯科受診・続報6(父親への贈り物)』のブログに記させて頂きましたように 一昨々年の7月16日(土)に作られたものです。上記のように ほとんど使用することが適いませんでした 部分入れ歯ですが、今回の抜歯により 全く使うことが出来なくなりました。(後略)」と記させて頂きました。

国産の 納豆

国産の 納豆 3パック
同居していた両親は、と以前 訊 かれましたので、お伝え申し上げましたが、両親は何でも食べました。
去る 6年前の2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗から 大乗へ・前編」のブログ、去る 6年前の2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤小乗から 大乗へ・中編」のブログ そして 去る 6年前の2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤小乗から大乗へ・後編」のブログ、それから、当初の 前述の 去る 12年前の10月9日(木)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗 から 大乗 へ」のブログ そして 去る 10年前の1月12日(火)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗 から 大乗 へ ・続報」のブログ に記させて頂きました過程があり、誠に有り難いことに、母親の理解を得て、菜食にさせて頂いております。因みに、去る 8年前の1月8日(月)の「鰻の蒲焼・40(両親の食事)」のブログの下段に、
「(前略)毎年 年賀状の交換をしていて、今年 来ました 東京大学医学部卒業の 90歳近い心療内科医からの年賀状によりますと、誠に有り難いことに 『【菜食療法】が ついにモノになりましたね。大したことです。』とのことでありました。(後略)」と記させて頂きました。なお、去る 6年前の2月24日(土)の「三回忌・前編」のブログなどに、母親の三回忌のことを記させて頂きました。母親の この三回忌を迎え、菜食に理解を得た 母親に 感謝の気持ちを捧げさせて頂きたい と思い 「笑いと菜食療法」を 製本させて頂きました。すると、誠に有り難いことに 家政婦によりますと、今は亡き母親が 喜んでいるとのことでした。そして、これが 何よりも のことでありますが、前述の 去る 6年前の2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤小乗から大乗へ・後編」のブログの下段に、
「(前略)この『菜食療法』は、両親との合作とも 申すべき 治療法であります。(後略)」と記させて頂きました。すなわち、その「笑いと菜食療法」は、両親を含めた 三人の合作 ということなのであります。因みに、誠に有り難いことに、父親の為 に 一筆入れて 進呈した その「笑いと菜食療法」の成書を 父親は 肌身から 離そうとしませんでした。すなわち、誠に有り難いことに、大事にしてくれました。
あと、それらのおかずに、玄米御飯で 御座 います。玄米も、 庶民 的に スーパー・マーケットで購入して来て参りましたが、最近では 通販を利用するようになりました。なお、去る 9年前の10月22日(日)の「鰻の蒲焼・12(両親の食事)」のブログの下段に、
「(前略)昨日、この通販で 玄米が届きました。ところが、袋に穴が空いていて 米粒がばらまかれました。それで、一粒ずつ拾いました。 因みに、去る 一昨年の11月20日(金)の『仏花(菊の花)』のブログ の中段に、
『(前略)昨日 すなわち 11月19日(木)の【父親の水】のブログ に、
【(前略)某・宗教では、食堂に落ちている米粒を拾う修行があるとのことです。お米は、誠に有り難いですね。(中略)昨日のブログの最後に、半角で4万文字以内という字数制限を超えましたので、文章を削らせて頂きました。(後略)】と記させて頂きましたので、補足させて頂きます。すなわち、去る2月14日(土)の【絵本の影響】のブログの中段やや下に、
【(前略)幼少の頃 に受ける、絵本の影響は大きいと思います。例えば、一粒のお米も拝んで食べようと思うのも絵本の影響です。(後略)】と記させて頂きました。(後略)』と記させて頂きました。(後略)」と記させて頂きました。
なお、去る 11年前の11月20日(金)の「仏花 (菊の花)」のブログ の下段に、「古事記」と「日本書紀」を引用させて頂いて、日本人の主食である お米は 誠に有り難い という話を記させて頂きました。

玄米御飯
玄米の食べ 方 につきましては、去る 12年前の11月17日(月)の「黒 胡麻 (昨日のおかず)」のブログで記させて頂きました。また、玄米の 炊 き 方 につきましては、去る 12年前の11月26日(水)の「蕗 (昨日のおかず)」のブログに記させて頂きました。なお、玄米を 炊 く 為 の前処理につきましては、去る 10年前の11月27日(日)の「両親の食事(玄米の前処理)」のブログの下段に記させて頂きました。序で乍ら、去る 7年前の6月15日(土)の「鰻の蒲焼・340(天ぷら・カレーうどん・父親の食事)」のブログの下段に、
「(前略)家政婦に この 玄米を 炊 く 為 の前処理につきまして 話しましたら、知らなかった とのことでした。(後略)」と記させて頂きました。
しかも、去る 11年前の12月31日(木)の「大晦日 (火星か金星か)」のブログの下段に、
「(前略) 御飯を食べましたら 当然のこと 乍 ら 以前から 茶碗 その他の食器を洗っております。(中略)高校生の 頃 に触れた 趙州 和尚の『御飯を食べたら茶碗を洗え』の言葉を思い出しました。この『趙州洗鉢 』の公案は、『無門関 』(中国宋代に 無門慧開 によって編集された公案集)の第七則にある話です。(後略)」と記させて頂きました。なお、学部生のときに 安い学食を用いると 食器を洗うどころか 食器を下げることすらも嫌とのことで、一般の食堂を利用している お坊ちゃんのような同期生がいました。このときは、当方は 自炊することもありました。それで、食器を どうしているのか と 訊 かれました。そこで、食事を し乍 ら 食事中でも 片づけられる食器は 片づけ乍 ら 食事をしている と回答しましたら、納得してくれました。今では、食後に 纏 めて食器を洗っていますが、このときは 食器洗いの練習として 前述のように 行 っていました。
そのうえ、別の同期生から この お坊ちゃんのような同期生は、放浪癖 があると言われていました。おまけに、放浪癖 があると言っていた この別の同期生は、自分のことを 投影(英語:project)(心理学用語)しているのだということが 後 になって 分かりました。某・出版会社を退職して 入学して来ている 学士(四年生の大学を卒業していること)の方 でした。入学時に 30歳代の半 ばでした。この某・出版会社で 放浪癖 があると言われていたので、同期生にも そう言ったのかもしれません。因みに、この放浪癖 は、去る 4年前の1月4日(火)の「男性看護師・続報42」のブログの中段やや上などに記させて頂きました A.D.H.D.(英語: attention deficit hyperactivity disorder)(ネガティブ[英語:negative]で御座 いますし、お読み下さっている 方々 に影響を お与えすることの無いように、日本語で 綴 ることを控えさせて頂きましたが、以前 それではわからない と指摘を頂きましたので、日本語も併記させて頂きます。小さく記させて頂きます。注意欠陥・多動性障害 のことで 御座 います)と関係していたのかもしれません。
(義務教育の方々に 美しい日本語を 正しい読み方で 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名を付けております。因みに、美しい日本語の平仮名を大事にしたい という思いもあります)
本日も、最後 迄 お読み頂き、誠にありがとうございます。唯々感謝。(^-^)
