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さて、去る 5年前の7月30日(月)の「医学部のこと(父親の食事)」のブログの上段に、
「(前略)この私立・麻布高校に因ませて頂きます。すなわち、誠に有り難いことに、小学校のときの同級生で 一緒に登校したこともある生徒(当時)が この私立・麻布高校に入学して、この寮生活におきまして 同じ 赤松寮で 医学部生として 再度 一緒になりました。序で乍ら、彼の部屋は、赤松寮の二階上 すなわち 四階の354号室でした。そして、室長でした。この室長は、予め 大学側により 決められていました。それで、入寮した日 すなわち 4月10日(土)には、既に決まっていました。この小学校のときの同級生のことであります。すなわち、小学生のときは 肥満児で お坊ちゃんで、卒業式のときに 卒業証書を貰って 降壇する際に 方向を間違えて 同級生たちから 教室の恥曝し といわれるような生徒でした。ところが、久しぶりに 再会して 話を聞かされましたところ、寝た女性の数が多いのです。つまり、女性の遍歴が多く、随分 変わってしまったな と思われました。(後略)」と記させて頂きました。
ときに、小学校高学年のときに、図工で 同級生の似顔絵を描きました。 因 みに、男子を描いたのでありますが、その男子は 私立麻布中学校に合格して 中学生になりましたら 離れ離れになりました。ところが、前述致しましたように、約数年後に 彼は 当方と同じ大学 すなわち 某・医学部に入学しました。すなわち、誠に有り難いことに、同期生であります。なお、姉は 某・美術大学に 合格していまして、その技術(曲線のタッチ)を真似して その似顔絵を描きました。しかし乍ら、誠に遺憾なことに、その図工の教師には ビックリしたと言われて 理解してもらうこと 適いませんでした。
(半義務教育の方々に 美しい日本語を 正しい読み方で 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名を付けております)
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