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さて、去る 一昨年の6月28日(日)の「母からの手紙」のブログの下段に、
「(前略)下の画像は、38年前 すなわち 昭和57年(1982年) つまり 学部一回生のときに、誠に有り難いことに 母親から 速達で送られた手紙です。 因みに、お届けの消印が 下の画像のように 昭和57年7月2日ですから 丁度 今頃の季節に 投函された手紙です。

母親からの手紙の封筒(郵便番号が 5桁の頃ですね)
すなわち、誠に有り難い 手紙の内容は、
『合掌。
梅雨の晴れ間の青空も さわやかで 大変 しのぎ良いです。お元気の御様子 なによりです。いよいよ期末テストが始まりますね。頑張って下さい。陰ながら お祈りしています。入学式の時 校長先生(亡くなりましたので、この学長にとりましては 最後の入学式になりました)が、1.健康、2.勉学、3.人を愛する人間になる事の お話をなさいました。医学に心ざす者(志す者)は 苦しい道も ありますが、選んだ道です。富士山の下で勉強出来る事は 本当に恵まれたことです。体に気をつけて 精一杯励んで下さい。夏休み 帰られる日を楽しみに待っています。屋上より 富士山の方を見ては ○○君が 元気で 勉強に クラブに 楽しく やっている姿を思っては 毎日 合掌しています。
お父さん 始め(初め)おばあちゃんも 家中の者 皆 元気です。
○○達(姉のこと)も 八月に入ったら くる様です。賑やかになる事でしょう。○ちゃん(去る2月10日(月)の【リハビリテーション(父親)・79・中編・1】のブログの中段やや上に、
【(前略)去る 4年前の9月18日(日)の〖北海道旅行・6( 層雲峡)〗のブログの上段に、
〖(前略)去る1月5日(火)の〔母親の新年会〕のブログ の上段に、
〔(前略)去る11月5日(木)の〘法人マイ・ナンバー〙のブログの上段に、両親は約8年前に商売を廃業したと記させて頂きました。この商売をしていたときの 住み込みの従業員(後略)〕と記させて頂きました。この親戚の長男が、上記のような住み込みの従業員として 来てくれていました。(後略)〗と記させて頂きました。(中略)誠に有り難いことに 当方は この高校の普通科を卒業しましたが、この住み込みの親戚は 某・都立高校・定時制に 4年間 通いました と回答しました。(後略)】と記させて頂きました。この某・都立高校・定時制に通っていた 親戚のことです)も 七月三日より試験です。英語、数学が むずかしく わからないといっておりますが、真面目に いっています。遅刻、欠席してないのは ○ちゃんだけの様です。○○君(一橋大学・学部生のアルバイト[英語:part‐time job:独語で【労働】を意味する名詞のArbeitに由来しますが、独語で Arbeit といえば労働全般を指します]です)に 学校から帰ってくると 勉強 教えてもらっていましたが、○○君の お父さん ひどい病気で 入院したので 学校を止めて 福岡に帰りました。気の毒です。もう半年で 卒業出来ますのに ○○君が 生活を支えなくてはならなくなりました。
では、くれぐれも 体を大切にして下さい。(送り仮名も 含めまして、原文通り)』以上で御座 います。
ときに、去る 一昨年の3月6日(火)の『母親の転帰』のブログに記させて頂きましたように、母親は 亡くなりました。なお、唐代の代表的詩人である杜甫の代表作『春望』の一節に、『家書万金に抵たる』と あります。正しく 上記の手紙は この詩に相応しいと思われました。すなわち、『万金に抵たる』と感じられました。(後略)」と記させて頂きました。すなわち、上記の 母親からの手紙は、丁度 40年前の 今頃の季節に 投函されたものです。

霊峰・富士(早朝、自宅の屋上から 撮影した 富士山。 因 みに、丁度 40年前の今頃 上記と同様に 梅雨の晴れ間の青空の日に、母親は 同じく 自宅の屋上から 富士山を見ていたのです。なお、当家の前の建物が増築されたので、自宅の屋上の違う場所から 角度を変えて 撮影しなければならなくなりました)
ところで、去る3月11日(金)の「父親の転帰」のブログに記させて頂きましたように、父親が 母親に続いて 亡くなりました。 因 みに、本日 誠に有り難いことに その父親の家書が 再度 見付かりましたので、以下に記させて頂きます。
すなわち、
「(感謝の言葉)○○君へ
本日 6月は 大変 良く 昼より マッサージ(このマッサージの最後のブログが、去る4月14日(木)の『マッサージ(父親)・205・後編』のブログ)を受け 大変 良く 眠れました。
ここに ○○君に 感謝の意を表します。
君は 目白下落合(東京都新宿区のこと)で 生まれ、幼少の頃より 大変な思いで そだてて来ました。幼稚園、小学、中学、大学と ママ 三人 将来 ○○家は どうなるかと 心を いためて居ました。(父親の目には、このように見えたときが あったとのことです)
ママが亡くなり 今は ○○君と二人の生活を楽しんでゐます。○○君が 今 こんなに 良い方に変わり 私の心の ささえとなってくれ 本当に 感謝しています。
神仏は 目に見えないで、実際に あるか わかりませんが、私の心には あると信じさせられました。
それは、○○君が こんなに 私の為に 良くしてくれることです。私も 今や92歳(2年前のこと)となり いつ あの世に つれされるか わかりませんが、今 一番 幸せです。
それは、○○君が 心より よくしてくれることです。
こんな 嬉しいことが ほかには ありません。」以上であります。序で乍ら、後日 気が付きましたが、去る 一昨年の6月7日(日)の「父親からの『感謝の言葉』」のブログの上段にも、上記の 父親からの「感謝の言葉」を記させて頂きました。
因みに、去る3月20日(日)の「父親の告別式[家族葬]での 挨拶」のブログの下段に、
「(前略)親父さん には たいへんな世の中でありましたね。(後略)」と記させて頂きました。なお、誠に有り難いことに、当方は、この父親 そして その母親の子供で よかったと思われます。 因みに、御冥福を 心より お祈り申し上げます。なお、去る 6年前の1月9日(土)の「ターミナル・ケア(終末期医療、終末期看護)」のブログの下段に、
「(前略)上記の『輪廻』のことを 前述致しました分科会関係の方にも話しました。すると、その中に 『輪廻』のことを 人が死んだ後 その人のことが記憶に残る という形で この『輪廻』を捉えている学部生がいました。(後略)」と記させて頂きました。
そして、このブログ記事を あの世の両親にも 捧げたいと思います。 因 みに、あの世で 両親が このブログ記事を見ていてくれる と思われました。

本日 誠に有り難いことに 見付かった 父親の家書
次に、去る3月17日(木)の「父親の告別式(家族葬)」のブログの下段やや上に、
「(前略)去る 7年前の10月31日(土)の『父親の満足』のブログ の上段に、
『(前略)次に、行進曲を選びました。御承知のように、行進曲は二拍子で、気分を高揚させますね。例えば、父親は、行進曲である【栄冠は君に輝く】、なお、副題は【全国高等学校野球大会の歌】、そして、【軍艦行進曲】 や 【君が代行進曲】などのマーチ(英語:march)も好きです。海外のマーチも聴きます。母親からは、 【君が代行進曲】のことを これ何という曲と訊かれました。父親によりますと、もう一曲 更に もう一曲 聴きたいとのことであり、母親が 用事があるからと言っても それから30分以上聴きました。合計で一時間半程 聴きました。その間、父親はリラックス(英語:relax)して、昔の自分のことを いろいろと話しました。(後略)』と記させて頂きました。
ならびに、去る 一昨年の6月6日(土)の『鰻の蒲焼・643(カレーうどん・父親の食事)』のブログの中段やや下に、
『(前略)父親から 古関裕而 作曲の【栄冠は君に輝く】を聞きたいと言われました。それで、片面 60分のカセット・テープに 繰り返し 録音しました。 因みに、2分52秒の曲ですから 20回以上は 録音されています。(後略)』と記させて頂きました。
および、去る 昨年の12月21日(火)の『訪問看護(父親)・89・中編・4』のブログの中段やや下に、
『(前略)その訪問看護師の方(常勤)の前で、父親が 古関 裕而の 全国高等学校野球選手権大会の歌【栄冠は君に輝く】を流して欲しいとのことでした。それで、急なことで 慌てましたが、何とか その曲を流すことが出来ました。すると、その訪問看護師の方(常勤)によりますと、甲子園の曲ですねとのことでした。それで、父親は この訪問看護師の方(常勤)に聞かせたかったようですと答えました。(後略)』と記させて頂きました。すなわち、生前 父親は、古関裕而作曲の『栄冠は君に輝く ~全国高等学校野球選手権大会の歌~』が 好きでした。(後略)」と記させて頂きました。それで、本日も、その「栄冠は君に輝く」を流しました。 因みに、あの世の父親に届けと思いました。なお、あの世の母親には、上記と同様に カセット・テープに録音して 聞いてもらった 「『東日本〇〇〇(negative[ネガティブ]で御座いますため、御賢明であらせられます お読みの方々は 直ぐに お分かりになられる と存じ上げますので、敢えて〇〇〇と綴らせて頂きました)プロジェクト』のテーマソングとして使用する為に 企画制作された曲であり 母親の好きである 『花は咲く』」を流しました。序で乍ら、この曲は、あの世の母親に届けと思いました。
(義務教育の方々に 美しい日本語を 正しい読み方で 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名を付けております)
本日も、最後 迄 お読み頂き、誠にありがとうございます。唯々感謝。(^-^)