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さて、去る 4年前の4月19日(木)の「納骨(七七日・満中陰法要)」のブログの上段に、
「(前略)去る3月6日(火)の『母親の転帰』のブログに記させて頂きましたように、母親が 亡くなりました。そして、去る3月8日(木)の『鰻の蒲焼・73(お通夜・父親の食事)』のブログ、去る3月9日(金)の『鰻の蒲焼・74(告別式・父親の食事)』のブログに記させて頂きましたように、お通夜 と 告別式がありました。それから、七七日 すなわち 四十九日の納骨がありました。この七七日は 4月22日(日)ですが、姉の都合で この日になりました。本日の午後2時から とのことでしたが、某・葬儀屋に 午後1時半集合とのことでした。それで、午後1時頃に 到着するように、一緒に タクシーで行きました。 因 みに、朝から 父親によりますと、絶対に行かない とのことでした。いつものことですが、寝てないので 具合が 悪い とのことでした。今日は Hp.(hospital[ホスピタル]の略です。日本語では、病院のことです。以下、Hp.と示させて頂きます)に行くつもりだった とのことでした。それで、父親に 礼服を着させて 出発することが たいへんでした。それでも、誠に有り難いことに、何とか 家を出ることが出来ました。なお、ヘルパー(英語:helper)(日本語:家政婦)が来る予定でしたが、直前の昨夜 すなわち 午後6時15分になって、電話連絡がありました。この電話連絡によりますと、cold(英語)(ネガティブ[英語:negative]で 御座いますし、お読み下さっている 方々に影響を お与えすることの無いように、日本語で 綴ることを控えさせて頂きましたが、以前、それではわからない、と指摘を頂きましたので、日本語も併記させて頂きます。小さく記させて頂きます。感冒[俗に、風邪]のことで 御座います)をひいて cough(英語)(上記の理由で、日本語で 綴ることを控えさせて頂きましたが、日本語も併記させて頂きます。同様に 小さく記させて頂きます。咳嗽、すなわち、咳のことで御座います)が出るとの旨でした。それで、急遽 来られない とのことでした。但し、声は しっかりしていました。
ならびに、父親を送り出す為に ケア・マネージャー(英語:care manager)に勧められて 30分間 ヘルパー(英語:helper)(日本語:介護福祉士)を委託しました。但し、父親を起こしたり 礼服を着させたりする 準備は済ましてありましたので、このヘルパー(日本語:介護福祉士)は、来る必要がなかった とのことを連発していました。および、本日、自分が 介護保険で来ているのか 10割負担で来ているのか 分からない とのことでした。
ときに、僧侶に手渡す 御布施は 金5万円とのことでした。そして、御車代が 金1万円とのことでした。なお、誠に有り難いことに、この僧侶によりますと、墓石には 縦に 『○○家』と書くのではなくて、下の画像のように 『南無阿弥陀仏』と 記すのが 正式 とのことでした。因みに、姉によりますと、この僧侶は 以前は 複数の犬、そして、今では 猫を飼っている とのことでした。
ならびに、埋(火)葬許可証 そして 埋蔵施設・使用許可証の件につきまして 某・葬儀屋からは 郵送で済む とのことでしたが、実際に 某・霊園管理事務所に行きましたら、いい加減なことを言って 郵送では済まない とのことでした。

墓前の祭壇

墓前の祭壇(某・葬儀屋の左手が 写っています)
次に、去る3月28日(水)の『鰻の蒲焼・89(お供え・父親の食事)』のブログの中段やや下に、
『(前略)去る9月19日(火)の【トイレ修理(両親の食事)】のブログの中段に、
【(前略)去る9月10日(日)の〖母親のこと(両親の食事)(菊の節句)〗のブログの中段やや下に、
〖(前略)去る8月22日(火)の〔父親の時計(両親の食事)〕のブログの中段やや上に、
〔(前略)去る8月8日(火)の〘コーディネーターのこと(両親の食事)〙のブログ、去る8月12日(土)の〘家政婦紹介所から紹介された家政婦(両親の食事)〙のブログ そして 去る8月17日(木)の〘父親のこと(両親の食事)〙のブログの中段に、
〘(前略)両親が 蜜柑の缶詰が食べたいとのことでした。それで、国産の製品を買って来まして 一缶を 父母 二人に分けました。なお、誠に有り難いことに 二人共 美味しいとのことでありました。(後略)〙と記させて頂きました。および、母親が 桃、葡萄 そして 西瓜を食べたいとのことでありましたので、購入して来まして 出しました。因みに、西瓜は 加工日のものを買ったのですが、消費期限は その当日でした。なお、父親によりますと、西瓜に種がある とのことでした。それで、葡萄は 種なし と伝えました。(後略)〕と記させて頂きました。そして、両親が 蜜柑の缶詰が食べたいとのことでした。それで、国産の製品を買って来まして 一缶を 父母 二人に分けました。なお、この蜜柑を 母親の口元に スプーンで運んで 食べさせました。(後略)〗と記させて頂きました。そして、一昨日も、この蜜柑を 母親の口元に スプーンで運んで 食べさせました。なお、口から食べることが 人間らしいことであり、そう出来れば 尊厳を保つことが出来ますからね。また、口から食べることが出来れば、入院しなくて済みますからね。(後略)】と記させて頂きました。母親が 食べたいと言っていた 下の画像の 蜜柑の缶詰を入手して、仏壇に お供えしました。

母親の好物の 蜜柑の缶詰
(後略)』と記させて頂きました。なお、今回の七七日 すなわち 四十九日の納骨の日の お供えにも、この 母親の好物の 蜜柑の缶詰を用意しました。
ならびに、母親は、下の画像の フルーツ・チョコレートも 好物でした。因みに、生前、母親が このフルーツ・チョコレートを食べたいと言うので、上記の 蜜柑の缶詰と同様に 母親の口元に運んで 食べさせました。なお、今回 このフルーツ・チョコレートも 入手し致し、上記の 墓前の祭壇に供えました。

母親の好物の フルーツ・チョコレート
序で乍ら、母親の好物は 他にもありますが、取り敢えず、上記の 墓前の祭壇に供えることが出来る これらの品物を用意しました。因みに、これらの お供え物は 全て、姉が持って帰りました。なお、本日の納骨用の 母親の 小さな遺影を 姉が持って来ることになっていましたが、忘れたようです。
ところで、父親によりますと、参加してくれた 従兄弟は 銀座の貿易会社に勤めている とのことでした。
ならびに、自宅に帰って来たのが 午後3時15分頃でした。なお、父親によりますと 疲れた とのことでした。(後略)」と記させて頂きました。
および、去る3月11日(金)の「父親の転帰」のブログに記させて頂きましたように、父親が 母親に続いて 亡くなりました。それで、去る3月17日(木)の「父親の告別式(家族葬)」のブログに記させて頂きましたように、告別式がありました。

父親の位牌(葬儀屋によりますと、この位牌は 僧侶が 引き取ることになっている とのことでした)

父親の お骨

父親の お骨
そして、去る3月16日(水)の「告別式前日の打ち合わせ」のブログの中段やや下に、
「(前略)父親は そのような優しい人でした。序で乍ら、生前 父親によりますと、自分が 死んだら 泣いてくれるかとのことでした。 因 みに、家政婦と共に 泣きました。(後略)」と記させて頂きました。そして、本日は、納骨(七七日・満中陰法要)の日です。 因 みに、この四十九日間、父親の お骨を 何度も 抱きました。すると、自然に涙が 溢れてきました。なお、生前 父親は、上記のように 自分が死んだら 誰か 泣いてくれるかと 何度も 尋ねました。それで、勿論 泣くよと回答しました。すなわち、この四十九日間は、そうでした。
また、本日は、祖母の祥月命日でも ありました。
序で乍ら、家政婦と話したことであります。すなわち、今年の初め頃 父親は、お墓参りに行きたいと話していました。それで、暖かくなったら 行こうねと伝えました。それが、本日、納骨(七七日・満中陰法要)という形で 父親は、お墓に行くことになりました。
さて、本日は、まず 某・霊園管理事務所で 埋葬の手続きをする必要がありました。それで、午後0時半に 手続きをするべく、午後0時10分に その某・霊園管理事務所に到着しました。すると、5柱が 墓石に刻まれていますが、3柱しか 登録されていないことが分かりました。それで、その某・霊園管理事務所の担当者(男性)によりますと、本日 骨壺の写真を 氏名が分かるように 撮影するように とのことでした。それで、氏名が分かるように 撮影する為に、時間が 掛かりました。そこで、姉から 「何 やってるの!」と言われました。それで、危うく カメラを お墓の下に落としそうになりました。因 みに、仮に 落としていたら、拾うのが たいへんでありました。後から 度々 思い出されましたが、冷っとしました。

担当者(男性)によりますと 一番 よく わかっている人とのことでありました 担当者(女性)が、上の写真のように 全体が わかる写真を撮影して欲しいと 後から言いました。それで、上の写真のように 全体が わかる写真を撮影していたこと、後から考えて 誠に安堵致しました

担当者(男性)によりますと 氏名が わかるように 撮影してもらいたいとのことでありました。それで、上の写真のように 近くで 撮影すること、誠に苦労しました
そして、その担当者(男性)に、上の写真を見ました。それから、お祖父ちゃんは 昭和15年に亡くなって、この お墓の使用許可が 降りたのが 昭和34年でありますから、お骨が ないことが 分かりました。 因 みに、お祖父ちゃんの お骨は 京都 本願寺に 収骨(分骨)しています。なお、その担当者(女性)によりますと、お骨が ないと登録出来ない とのことでした。また、最近では 去る2月2日(水)の「永代神楽祭(令和4年)続報」のブログに記させて頂きましたように、大東亜戦争の戦没者である 伯父が、靖国神社に 祀られています。それで、伯父が乗船していた くらいど丸は 台湾海峡でアメリカ海軍潜水艦ピクーダ SS-382 の魚雷攻撃により撃沈されましたので、お骨は 回収出来ていません。その担当者(女性)によりますと、戦没者の場合は お骨が なくても 仕方がないとのことでした。序で乍ら、今回、上記のように お祖父ちゃんは 登録出来ないことが分かりましたが、3歳下の弟は 上の写真のように 小さな 骨壺がありますので、登録出来るとのことでした。但し、上記と同様に 郵送不可であり、その某・霊園管理事務所に 直接 来なければならないとのことでした。しかも、身分証明書の代わりに 今回も 必ず 必要と言われた 埋蔵施設 使用許可証、戸籍謄本の除籍 そして 上の骨壺の写真のプリントを持ってくるように とのことでした。
なお、その某・霊園管理事務所で 話しているときに、隣の窓口に 老女が来ていました。それで、女性担当者と話をしているのですが、耳が遠くて 紙に書いて欲しいと その老女が訴えていました。すると、その女性担当者によりますと、身内の人に連絡しますとのことでした。ところが、その老女によりますと、一人暮らしとのことでした。そこで、その女性担当者が お子さんは と尋ねていました。すると、その老女によりますと、子供は居る とのことでした。 因みに、去る 一昨年の1月12日(日)の「日本国憲法・第24条について・続報(日本民族の結婚の伝統)」のブログ を記させて頂きました。なお、この日本国憲法・第24条に問題がある為に、そのような 老女が 日本に多くなってきているのであると思われました。

今回 その担当者(男性)によりますと 汚い字でとのことで 記載された 埋蔵施設 使用許可証の裏の埋蔵(収蔵)事項(上の写真の上位 二箇所で、驚くべきことに 間違えて 「平成」でなく「令和」になっています。 因 みに、この埋蔵施設 使用許可証を受け取る為に、帰りに必ず 立ち寄るように とのことでした)
それから、 去る 一昨年の7月12日(日)の「本の進呈・続報7・前編(シンクロニシティ)」のブログの下段に、
「(前略)上記の 三輪秀香アナウンサーの芳名の『秀』の漢字を、前述致しましたように 成書を進呈すべく 書状の作成を始めた 宛名の方が、名前に持っているのであります。
更に、本日 すなわち 7月12日(日)の『家政婦への贈り物・136・中編・10』のブログ
の下段やや上に、
『(前略)父親の名前で 靖国神社・崇敬奉賛会の会員になっています。(後略)』と記させて頂きました。この靖国神社・崇敬奉賛会から 毎月、『靖国』という雑誌が 送られてきます。この『靖国』という雑誌に掲載されている 『英霊の言の葉』の今月の英霊の芳名が、その『秀』の漢字を 有しているのであります。
そのうえ、本日 すなわち 7月12日(日)の『家庭用ヒート・ポンプ給湯機の故障・続報10・前編』のブログ
に記させて頂きました、本日 来た リフォーム担当者の名前も、その『秀』の漢字を 有しているのであります。なお、本日、上記の『英霊の言の葉』を、名前に 同じ『秀』の漢字を 有しているということで このリフォーム担当者に手渡しました。
さて、去る 一昨年の9月18日(火)の『訪問看護(父親)・12・前編』のブログの中段やや下に、
『(前略)去る4月23日(土)の【親への買い物・10・続報】のブログの中段やや上に、セレンディピティ(英語:serendipity)のことを記させて頂きました。また、去る5月28日(月)の【リハビリテーション(父親)・8】のブログの中段やや上に、
【(前略)この理学療法士の方と シンクロニシティ(英語:synchronicity)(日本語訳では〖共時性〗)の話になりました。それで、東洋 すなわち 仏教では、因果律という 更に 深い言葉がありますね と話しました。すると、誠に有り難いことに 頷いてくれました。因みに、シンクロニシティに関しましては、去る4月28日(土)の〖姉からの連絡(シンクロニシティ)〗のブログの下段やや下に、
〖(前略)去る2月16日(金)の〔母親の入院〕のブログの上段に、
〔(前略)去る9月11日(金)の〘親への買い物・15・前編〙のブログの下段に、
〘(前略)上記の知床のことを記しましたら、このスーパー・マーケットで ⁅知床旅情⁆の曲が流れていました。それで、去る11月5日(水)の⁅くもの糸(シンクロニシティ)⁆のブログ そして 去る 昨年の7月17日(金)の⁅プチ・トマト⁆のブログ のそれぞれ上段などに記させて頂きました シンクロニシティ(英語:synchronicity)(日本語訳では⁅ 共時性⁆)のことが思い出されました。(後略)〙と記させて頂きました。この救急車を呼んだということも、このシンクロニシティのように思われました。(後略)〕と記させて頂きました。なお、不思議と 前述致しましたのは、同じ日に おば(高祖の孫)も 姉も 同じ 某・東京医科歯科大学に受診することを聞かされたからであります。正しく、上記と同様に シンクロニシティであるように思われました。(後略)〗と記させて頂きました。(後略)】と記させて頂きました。このセレンディピティ と シンクロニシティが 両方 起きたような気がしました。(後略)』と記させて頂きました。
ならびに、去る6月21日(日)の『追体験・続報(シンクロニシティ)』のブログ
の下段に、
『(前略)去る 昨年の10月17日(水)の【5年目の感謝(迷惑メール[シンクロニシティ])(父親の食事)】のブログの上段に、
【(前略)すなわち、1日違いで 両者の金3,000円という金額が同じでしたので、このシンクロニシティが起きたような気がしました。(後略)】と記させて頂きました。上記の【黒猫】につきましても、このシンクロニシティが起きたような気がしました。(後略)』と記させて頂きました。上記のように、名前に 『秀』の漢字を 持っているということが 1日に 4件 重なりました。これは、前述致しましたように、そのシンクロニシティが起きたような気がしました。しかも、この翌日、家政婦に 父親の買い物を委託しました。すると、この家政婦が 初めて 購入した店の主人の名前も、やはり その『秀』の漢字を 有しているのであります。因みに、家政婦も同意してくれましたが、『秀』の漢字を 名前に 持っている人は、そう 多くはないと思われるのでありますがね。(後略)」と記させて頂きました。
ならびに、去る3月11日(金)の「父親の食事(カレーうどん)、洗濯 そして 入浴・258(柚子湯)」のブログ そして 去る4月14日(木)の「マッサージ(父親)・205・前編」のブログなどを記させて頂きました。この介護福祉士の方(非常勤) そして マッサージ師の方の苗字 と その某・霊園管理事務所の担当者(男性)のそれが、同じなのであります。なお、 シンクロニシティが起きたような気がしました。
および、去る 4月7日(木)の「保険外交員の訪問・続報3(前編)」のブログなどに記させて頂きました退職した保険外交員の苗字 と 以下の 位牌担当者のそれとも、同じなのであります。因みに、ここでも、シンクロニシティが起きたような気がしました。
すなわち、去る4月9日(土)の「位牌のこと・続報」のブログの上段やや下に、
「(前略)その男性によりますと 納骨のことで電話をしたとのことであり、所属が変わったとのことでした。但し、位牌のことは 行なうとのことでした。それで、今回も 位牌の手続きをしました。すなわち、上記のように 4年前に その某・葬儀屋の関係の業者によりますと、上記のように 位牌の記入代金が 金6,000円(税抜き)とのことでした。そして、今回も 同様に 金6,000円(税抜き) すなわち 金6,600円(税込)とのことでした。それで、前回 購入した 予備の白木を 速達で送りました。そして、本日の午後1時50分に、この送り先から 電話が入りました。すなわち、女性の担当者であり 4年前の その某・葬儀屋の関係の業者(男性)から 位牌のことを引き継いだとのことでした。それで、本来ならば 訪問しなければならないのだが、位牌のことで 文字が入る サイズを教えて欲しいとのことでした。つまり、当家の繰り出し位牌は 枠があるので、その枠で 文字が消えないように とのことでした。要するに、繰り出し位牌なので、位牌の文字が 枠で 隠れないように とのことでありますね。
それで、当家は 2世帯住宅であり 位牌が置いてある家は 隣でしたが、母親の位牌のサイズを測る為に 移動しました。そして、母親の位牌のイズを測り、左が 5mm、右が 6.5mm、上が 22mm そして 下が 21mm 空白があると伝えました。(後略)」と記させて頂きました。つまり、この位牌担当者のことであります。因みに、この位牌担当者は、本来 行なうべき 訪問を しないで 電話で済ませました。しかも、位牌の記入だけで、金6,600円(税込)も 掛かりました。なお、前任の男性担当者によりますと、職人が変わったとのことでした。すなわち、母親の位牌に記入されている字 と 父親のそれが 違います。

父親の位牌

父親の位牌
そうして、本日の午後2時から とのことでしたが、某・葬儀屋に 午後1時半集合とのことでした。それで、この某・葬儀屋には 午後1時前に到着しましたので、皆が到着する 午後1時半迄 家政婦と話をしていました。 因 みに、浄土真宗本願寺派(西本願寺)、真宗大谷派(東本願寺) そして 浄土真宗東本願寺派(単立)などの違いを説明しました。すると、その家政婦によりますと、自宅の近くに 東本願寺の お寺があり、父親も その お寺に訪れたことがあると言っていたとのことでした。それで、調べました。すると、その家政婦が話していた お寺は 圓龍寺であることが分かりました。なお、この お寺は、真宗東本願寺派(単立)でした。
それから、父親が、母親同様に 蜜柑の缶詰が食べたいとのことでした。それで、購入しておりました。 因 みに、祭壇に お供えしました。

母親同様に 父親の好物でもある 国産の 蜜柑の缶詰

墓前の祭壇

お供えを 下げた後の 墓前の祭壇

納骨(七七日・満中陰法要)の後に 下げた お供え
次に、僧侶に手渡す 御布施は 金5万円とのことでした。そして、御車代が 金1万円でした。 因 みに、去る 4月9日(土)の「本の進呈・続報76・前編(シンクロニシティ)」のブログ そして 去る4月9日(土)の「本の進呈・続報76・後編(シンクロニシティ)」のブログなどに記させて頂きましたように、その僧侶に 成書を 速達で贈りました。すると、この僧侶によりますと、誠に有り難いことに「奥さんが リウマチで、のめり込んで 読んでいるとのことでした。なお、今回の出席者である 七歳上の 従兄弟(男性)にも 速達で贈りましたら、誠に有り難いことに 2/3を読んでくれたとのことでした 序で乍ら、上記のように、墓石には 縦に 「○○家」と書くのではなくて、下の画像のように 「南無阿弥陀仏」と 記すのが 正式 とのことでした。それで、今回、僧侶にも そのことを伝えました。なお、上記のように 本日は 祖母の祥月命日であり、その僧侶によりますと、誠に有り難いことに 法要を 一緒に行なうとのことでした。

御布施は 金5万円

御車代が 金1万円
さて、僧侶による 読経の後に、この僧侶によりますと、お話をするとのことでした。
すなわち、
「お祖母ちゃんには、中学生のときに 可愛がってもらいました。大学生のときに、美濃屋(父親の かつての店名。 因 みに、父親の生まれが、岐阜県[美濃]である為)で アルバイトをしました。お祖母ちゃんは、お小遣いを くれました。そういうことは 覚えています。今 75歳であり、中学2年生というと 何歳ですかね。(そこで、14歳との声)そう 14歳ですから、60年になりますね。○○さん(姉のこと)が、2歳の子供を亡くしたとのことでありました。医者が居ても、優しい人が居ても、別れのときが来ます。そのときに、崩れ去っていきます。悔しくて、切なくて、溜め息が出ることがあります。何が悪い、明日には よかった、詮無いことがあります。悔しい、情けない、寂しい、腹が立つことがあります。しかし、受けていかなければなりません。ぶつかってくる力に。心の支え。念仏を唱えて 何になるかと思ったこともあります。よかったのは、何の心配もない、ミサイルが飛んできても。金がいくらあっても、地位があっても。」以上であります。
ときに、納骨(七七日・満中陰法要)終了後に、叔母(4女)によりますと、誠に有り難いことに、当方が居たから お兄さん(父親)が 長生き(93歳9ヶ月)したとのことでした。それで、叔母(4女)さんが居てくれたからでも あります と回答しました。
ならびに、上記の七歳上の 従兄弟(男性)から 叔母(3女)さんは どうしているとのことでした。すなわち、次は 叔母(3女)さんと思ったようであります。それで、以前は 父親が 電話をしていたのですが、最近では 叔母(3女)さんは 携帯電話を解約してしまったので 連絡が出来ない状態ですと回答しました。また、叔母(3女)さんは、有料老人ホームに入居したいます。
および、その 従兄弟(男性)によりますと、ここに来る迄 に 踏切が 開かなかったとのことでした。すなわち、集合時間である 午後1時半のことを言っているのであると思われました。
それから、その 従兄弟(男性)によりますと、幼少のときに 育った 家の近くの森が なくなったとのことでした。
そして、その 従兄弟(男性)によりますと、誠に有り難いことに、叔父さん(父親)に たいへん お世話になったとのことでした。因みに、父親は、この 従兄弟(男性)に関わる法事のときに、壹百萬円を渡しています。
また、去る 一昨年の2月24日(月)の「三回忌・後編」のブログの中段やや下に、
「(前略)甥(次男)の奥方は、ジーパン姿でした。(後略)」と記させて頂きました。なお、家政婦によりますと、甥(長男) や 義理の兄が 普段着なのは どうかしているとのことでした。そして、奥さんが言うべきこととのことでした。それで、上記のように 三回忌のときには、奥さんが ジーパン姿だったとのことでした。
しかも、去る2月13日(日)の「武漢ウイルスのワクチンについて(拡散希望)・続報17・前編」のブログ そして 去る2月13日(日)の「武漢ウイルスのワクチンについて(拡散希望)・続報17・後編」のブログなどを記させて頂きました。
そのうえ、去る 5年前の5月2日(火)の「肉親(甥)の来訪(両親の食事)」のブログに記させて頂きました甥(長男)は 訪問歯科医です。なお、このワクチンに因ませて頂きます。すなわち、この甥(長男)との話しで、スタッフに ワクチンを打たせなければならないとの内容になりました。
のみならず、タクシーで お墓に到着したとき、家政婦によりますと、納骨(七七日・満中陰法要)開始 10分前であるにもかかわらず、急いで と言って 姉が お骨を 持って行ったとのことでした。それで、その家政婦によりますと、普段 姉は 遅れてくるのにねとのことでした。
ところで、去る 7年前の11月16日(月)の「七五三に思うこと」のブログ の中段やや上に、
「(前略)G.H.Q.は、悪意があり乍ら 民主主義という善意を押し付けたとされています。御承知のように、これは、イラク そして アフガニスタンでは うまくいきませんでした。イラク そして アフガニスタンには、元から民主主義が無かったからとされています。他方、日本 そして 独では、うまくいったようです。これは、元々 独には 民主主義があったから と言われています。勿論、日本でも、天皇陛下を中心とした 民主主義がありました。去る7月16日(木)の『仏革命記念日』のブログ の上段に、
『(前略)御承知のように、仁徳天皇陛下は即位されて 四年目、高台に登って見渡されました。すると、家々から炊事の煙が立ち上がっておらず 国民は貧しい生活をしているのだと気付かれました。万民の貧苦に心を痛められ、三年間の年貢や労働課役を許しました。 代々、日本の御皇室は、徳をもって治めて来られました。誠に有り難いことで御座います。
西洋の国王達の為政形態は民を支配することであったのに対して、日本の御皇室と国民の関係はこれとは全く異なっているので御座います。御承知のことであらせられますように、西洋人にはわからないことで御座いましょう。(後略)』と記させて頂きました。ならびに、去る2月24日(火)の『歌会始の詠進歌』のブログ の冒頭に、
『(前略)(前述の)去る2月23日(月)の【天皇陛下行幸の君恩に浴して】のブログ の中段で、昭和50年・歌会始 お題【祭り】の、昭和天皇陛下の御製、【我が庭の宮居に祭る神々に世の平らぎを祈る朝々】を、畏れ乍ら引用させて頂きました。(後略)』と記させて頂きました。および、同じく 去る2月23日(月)の『天皇陛下行幸の君恩に浴して』のブログの中段で、
『(前略)天皇陛下には、誠に僭越乍ら、【日本国民の為に、毎朝、四方拝をして下さって、誠に有り難う御座います。】と申し上げました。誠に有り難いことに、男性友人からは、天皇陛下に喜んで頂けただろうと言って貰えました。(後略)』と記させて頂きました。すなわち、日本では、天皇陛下は 国民のことを思い、国民は 天皇陛下のことを思っているのであります。天皇家は、万世一系です。今上天皇陛下で、125代です。前述の 西洋の国王達のように民を支配する為政形態では、世界史の中でも このような奇跡は、ありえないことであります。基本的に、日本人には 皆 二人の両親がいます。数学で、2を10乗致しますと、1024になります。つまり、10代の御先祖を遡りますと、その代だけで 1024人の御先祖様が見えることになります。125代も遡りましたら、天文学的数字になります。すなわち、全ての国民が、必ず天皇家とも関わっています。全ての国民が、天皇陛下と繋がっている訳であります。これが、日本の民主主義であります。仮に、G.H.Q.が 天皇陛下の生命の保証をしなければ、G.H.Q.の占領政策は 失敗したでありましょう。よって、G.H.Q.が 西洋の民主主義を 日本に押し付けたことは、大きな お世話であります。G.H.Q.が介入(心理学用語)することは、混乱の元となります。私共 現在の日本人の使命は、この混乱した日本国を再建致し、子孫に引き継ぐことであります。因みに、介入につきましては、去る6月9日(火)の『きのこ』のブログ の中段やや上に、
『(前略)心理療法では、如何に介入するかということについて時間を掛けて勉強致しますし、現場に際して検討致します。(後略)』と記させて頂きました。(後略)」と記させて頂きました。
なお、当初の天気予報によりますと 雨は降らない予報であったのですが、二転三転しまして 結局 雨になりました。それで、当初は 自転車で行く予定だったのですが、タクシーに変更しました。 因 みに、往きのタクシーの運転手の苗字が、日本の四大財閥の一つと同じでした。それで、家政婦の祖父が その財閥の重役であり、浅草東本願寺での葬儀が 盛大であったと伝えました。それで、三菱の岩崎弥太郎は偉い人であったかもしれないが、昨今の三菱は グローバル勢力と同化していると伝えました。それに比べて 某・財閥は まだ ましであると話しました。すると、そのタクシーの運転手によりますと、自分は その某・財閥とは 関係ないとのことでした。それで、上記のように、全ての国民が、天皇陛下と繋がっている訳であります。そして、基本的に、日本人には 皆 二人の両親がいます。数学で、2を10乗致しますと、1024になります。つまり、10代の御先祖を遡りますと、その代だけで 1024人の御先祖様が見えることになります。すなわち、10代の御先祖を遡りますと 1024人の御先祖様が見えることになる訳でありますから、その某・財閥と繋がっている筈であると伝えました。なお、そのタクシーの運転手と家政婦のことも、シンクロニシティであると思われました。すなわち、シンクロニシティであると思われることが、1日で 3回 あったことになりますね。序で乍ら、今回も、タクシーの運転手に チップ(英語:tip)を考慮して 言及しました。

往きの自宅から 某・霊園管理事務所迄 のタクシーの領収書(本日 すなわち 4月24日[日]の日付が記されています)

往きの某・葬儀屋から お墓迄 のタクシーの領収書(本日 すなわち 4月24日[日]の日付が記されています)

復路の お墓から 某・霊園管理事務所迄 のタクシーの領収書(本日 すなわち 4月24日[日]の日付が記されています)

復路の 某・葬儀屋から 自宅迄 のタクシーの領収書(本日 すなわち 4月24日[日]の日付が記されています。 因 みに、某・葬儀屋によりますと、タクシーが混んでいるとのことでありまして、このタクシーが到着するのに 約15分も 掛かりました)
なお、タクシーの運転手によりますと、その某・霊園近くの西武線の踏切は 開かないとのことでした。それで、1度 閉まると、上り下りで それぞれ 2本 通りますからね と回答しました。ならびに、その 従兄弟(男性)も、そう言っていました。および、家政婦も、そう言っていました。すなわち、3人から 同じことを 言われました。 因 みに、これも、シンクロニシティなのでありましょうかね。仮に そうであると致しますと、1日に 4回 シンクロニシティが起こったことになりますね。
次に、家政婦に「雨 降って 地 固まる」と言いました。すると、誠に有り難いことに、その家政婦によりますと、雨の方が 暑いよりいいとのことでした。なお、誠に有り難いことに、10人が 参加してくれました。
さて、上記のように、4年前の母親のときには、同じ 午後2時開始でありました。そして、上記のように、自宅に帰って来たのが 午後3時15分頃でした。それで、今回は、自宅に帰って来たのが 午後3時40分頃でした。但し、4年前のときは 父親と一緒に帰ってきましたが、今回は、一人でした。
ときに、去る 3月17日(木)の「父親の告別式(家族葬)」のブログの中段やや下に、
「(前略)前述致しましたように、上記の某・葬儀場で 葬儀を行うことは 両親の希望であり 父親の遺言でもありました。因みに、某・葬儀場への支払いは、納骨(七七日・満中陰法要)費用 や 香奠返し代金は 別と致しまして、金1,242,870円でありました。

上記のように 金1,242,870円の支払いの領収書(立替金とは、火葬所[某・葬祭場]への支払い費用のことであります)
(後略)」と記させて頂きました。
ときに、本日の納骨(七七日・満中陰法要)に対します その某・葬儀場への支払いは、金133,100円でありました。 因 みに、本日 当日の現金払いでありました。

上記のように 2枚の領収書を合計して 金133,100円の支払いの領収書(本日 すなわち 4月24日[日]の日付が記されています)

上記のように 2枚の領収書を合計して 金133,100円の支払いの領収書(本日 すなわち 4月24日[日]の日付が記されています)
(義務教育の方々に 美しい日本語を 正しい読み方で 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名を付けております)
本日も、最後 迄 お読み頂き、誠にありがとうございました。唯々感謝。(^-^)