父親の納骨(七七日・満中陰法要)(シンクロニシティ)

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 さて、去る 4年前の4月19日(木)の「納骨(七七日・満中陰まんちゅういん法要)」のブログの上段に、

「(前略)去る3月6日(火)の『母親の転帰』のブログに記させて頂きましたように、母親が 亡くなりました。そして、去る3月8日(木)の『うなぎ蒲焼かばやき・73(お通夜・父親の食事)』のブログ去る3月9日(金)の『うなぎ蒲焼かばやき・74(告別式・父親の食事)』のブログに記させて頂きましたように、お通夜 と 告別式がありました。それから、七七日 すなわち 四十九日の納骨がありました。この七七日は 4月22日(日)ですが、姉の都合で この日になりました。本日の午後2時から とのことでしたが、某・葬儀屋に 午後1時半集合とのことでした。それで、午後1時頃に 到着するように、一緒に タクシーで行きました。 ちな みに、朝から 父親によりますと、絶対に行かない とのことでした。いつものことですが、寝てないので 具合が わるい とのことでした。今日は Hp.(hospital[ホスピタル]の略です。日本語では、病院のことです。以下、Hp.と示させて頂きます)に行くつもりだった とのことでした。それで、父親に 礼服を着させて 出発することが たいへんでした。それでも、誠に有り難いことに、何とか 家を出ることが出来ました。なお、ヘルパー(英語:helper)(日本語:家政婦)が来る予定でしたが、直前の昨夜 すなわち 午後6時15分になって、電話連絡がありました。この電話連絡によりますと、cold(英語)(ネガティブ[英語:negative]で 御座ございますし、お読み下さっている 方々かたがたに影響を お与えすることの無いように、日本語で つづることを控えさせて頂きましたが、以前、それではわからない、と指摘を頂きましたので、日本語も併記させて頂きます。小さく記させて頂きます。感冒[俗に、風邪]のことで 御座ございます)をひいて cough(英語)(上記の理由で、日本語で つづることを控えさせて頂きましたが、日本語も併記させて頂きます。同様に 小さく記させて頂きます。咳嗽がいそう、すなわち、せきのことで御座ございます)が出るとのむねでした。それで、急遽きゅうきょ 来られない とのことでした。但し、声は しっかりしていました。

 ならびに、父親を送り出すために ケア・マネージャー(英語:care manager)に勧められて 30分間 ヘルパー(英語:helper)(日本語:介護福祉士)を委託しました。但し、父親を起こしたり 礼服を着させたりする 準備はましてありましたので、このヘルパー(日本語:介護福祉士)は、来る必要がなかった とのことを連発していました。および、本日、自分が 介護保険で来ているのか 10割負担で来ているのか 分からない とのことでした。

 

 ときに、僧侶に手渡す 御布施は 金5万円とのことでした。そして、御車代が 金1万円とのことでした。なお、誠に有り難いことに、この僧侶によりますと、墓石には 縦に 『○○家』と書くのではなくて、下の画像のように 『南無阿弥陀仏なむあみだぶつ』と 記すのが 正式 とのことでした。ちなみに、姉によりますと、この僧侶は 以前は 複数の犬、そして、今では 猫を飼っている とのことでした。

 ならびに、埋(火)葬許可証 そして 埋蔵施設・使用許可証の件につきまして 某・葬儀屋からは 郵送でむ とのことでしたが、実際に 某・霊園管理事務所に行きましたら、いい加減なことを言って 郵送ではまない とのことでした。

 

 

墓前の祭壇

 

 

墓前の祭壇(某・葬儀屋の左手が うつっています)

 

 

 

 つぎに、去る3月28日(水)の『うなぎ蒲焼かばやき・89(おそなえ・父親の食事)』のブログの中段やや下に、

『(前略)去る9月19日(火)の【トイレ修理(両親の食事)】のブログの中段に、

【(前略)去る9月10日(日)の〖母親のこと(両親の食事)(菊の節句)〗のブログの中段やや下に、

〖(前略)去る8月22日(火)の〔父親の時計(両親の食事)〕のブログの中段やや上に、

〔(前略)去る8月8日(火)の〘コーディネーターのこと(両親の食事)〙のブログ去る8月12日(土)の〘家政婦紹介所から紹介された家政婦(両親の食事)〙のブログ そして 去る8月17日(木)の〘父親のこと(両親の食事)〙のブログの中段に、

〘(前略)両親が 蜜柑みかんの缶詰が食べたいとのことでした。それで、国産の製品を買って来まして 一缶を 父母 二人ふたりに分けました。なお、誠に有り難いことに 二人ふたり共 美味おいしいとのことでありました。(後略)〙と記させて頂きました。および、母親が 桃、葡萄ぶどう そして 西瓜スイカを食べたいとのことでありましたので、購入して来まして 出しました。ちなみに、西瓜スイカは 加工日のものを買ったのですが、消費期限は その当日でした。なお、父親によりますと、西瓜スイカに種がある とのことでした。それで、葡萄ぶどうは 種なし と伝えました。(後略)〕と記させて頂きました。そして、両親が 蜜柑みかんの缶詰が食べたいとのことでした。それで、国産の製品を買って来まして 一缶を 父母 二人ふたりに分けました。なお、この蜜柑みかんを 母親の口元に スプーンで運んで 食べさせました。(後略)〗と記させて頂きました。そして、一昨日おとといも、この蜜柑みかんを 母親の口元に スプーンで運んで 食べさせました。なお、口から食べることが 人間らしいことであり、そう出来れば 尊厳を保つことが出来ますからね。また、口から食べることが出来れば、入院しなくてみますからね。(後略)】と記させて頂きました。母親が 食べたいと言っていた 下の画像の 蜜柑みかんの缶詰を入手して、仏壇に おそなえしました。 

 

 

コーディネーターのこと(両親の食事)

母親の好物の 蜜柑みかんの缶詰

 

 

 

(後略)』と記させて頂きました。なお、今回の七七日 すなわち 四十九日の納骨の日の おそなえにも、この 母親の好物の 蜜柑みかんの缶詰を用意しました。

 ならびに、母親は、下の画像の フルーツ・チョコレートも 好物でした。ちなみに、生前、母親が このフルーツ・チョコレートを食べたいと言うので、上記の 蜜柑みかんの缶詰と同様に 母親の口元くちもとに運んで 食べさせました。なお、今回 このフルーツ・チョコレートも 入手し致し、上記の 墓前の祭壇にそなえました。

 

 

母親の好物の フルーツ・チョコレート

 

 

 

 ついながら、母親の好物は ほかにもありますが、取りえず、上記の 墓前の祭壇にそなえることが出来る これらの品物を用意しました。ちなみに、これらの おそなえ物は すべて、姉が持って帰りました。なお、本日の納骨用の 母親の 小さな遺影を 姉が持って来ることになっていましたが、忘れたようです。

 

 ところで、父親によりますと、参加してくれた 従兄弟いとこは 銀座の貿易会社に勤めている とのことでした。

 ならびに、自宅に帰って来たのが 午後3時15分頃でした。なお、父親によりますと 疲れた とのことでした。(後略)」と記させて頂きました。

 および、去る3月11日(金)の「父親の転帰」のブログに記させて頂きましたように、父親が 母親に続いて 亡くなりました。それで、去る3月17日(木)の「父親の告別式(家族葬)」のブログに記させて頂きましたように、告別式がありました。

 

 

父親の位牌(葬儀屋によりますと、この位牌は 僧侶が 引き取ることになっている とのことでした)

 

 

父親の おこつ

 

 

父親の おこつ

 

 

 

 そして、去る3月16日(水)の「告別式前日の打ち合わせ」のブログの中段やや下に、

「(前略)父親は そのような優しい人でした。ついながら、生前 父親によりますと、自分が 死んだら 泣いてくれるかとのことでした。 ちな みに、家政婦とともに 泣きました。(後略)」と記させて頂きました。そして、本日は、納骨(七七日・満中陰まんちゅういん法要)の日です。 ちな みに、この四十九日間、父親の おこつを 何度も 抱きました。すると、自然に涙が こぼれてきました。なお、生前 父親は、上記のように 自分が死んだら 誰か 泣いてくれるかと 何度も 尋ねました。それで、勿論もちろん 泣くよと回答しました。すなわち、この四十九日間は、そうでした。

 また、本日は、祖母の祥月命日でも ありました。

 (つい)(なが)ら、家政婦と話したことであります。すなわち、今年の初め頃 父親は、お墓参りに行きたいと話していました。それで、暖かくなったら 行こうねと伝えました。それが、本日、納骨(七七日・満中陰(まんちゅういん)法要)という形で 父親は、お墓に行くことになりました。

 

 さて、本日は、まず 某・霊園管理事務所で 埋葬の手続きをする必要がありました。それで、午後0時半に 手続きをするべく、午後0時10分に その某・霊園管理事務所に到着しました。すると、5柱が 墓石に刻まれていますが、3柱しか 登録されていないことが分かりました。それで、その某・霊園管理事務所の担当者(男性)によりますと、本日 骨壺の写真を 氏名が分かるように 撮影するように とのことでした。それで、氏名が分かるように 撮影するために、時間が かりました。そこで、姉から 「何 やってるの!」と言われました。それで、(あや)うく カメラを お墓の下に落としそうになりました。(ちな )みに、仮に 落としていたら、(ひろ)うのが たいへんでありました。(あと)から 度々(たびたび) 思い出されましたが、(ひや)っとしました。

 

 

担当者(男性)によりますと 一番 よく わかっている人とのことでありました 担当者(女性)が、上の写真のように 全体が わかる写真を撮影して欲しいと あとから言いました。それで、上の写真のように 全体が わかる写真を撮影していたこと、あとから考えて 誠に安堵致しました

 

 

担当者(男性)によりますと 氏名が わかるように 撮影してもらいたいとのことでありました。それで、上の写真のように 近くで 撮影すること、誠に苦労しました

 

 

 

 そして、その担当者(男性)に、上の写真を見ました。それから、お祖父じいちゃんは 昭和15年に亡くなって、この お墓の使用許可が 降りたのが 昭和34年でありますから、おこつが ないことが 分かりました。 ちな みに、お祖父じいちゃんの おこつは 京都 本願寺に 収骨(分骨)しています。なお、その担当者(女性)によりますと、おこつが ないと登録出来ない とのことでした。また、最近では 去る2月2日(水)の「永代神楽祭(令和4年)続報」のブログに記させて頂きましたように、大東亜戦争の戦没者である 伯父が、靖国神社に まつられています。それで、伯父が乗船していた くらいど丸は 台湾海峡でアメリカ海軍潜水艦ピクーダ SS-382 の魚雷攻撃により撃沈されましたので、おこつは 回収出来ていません。その担当者(女性)によりますと、戦没者の場合は おこつが なくても 仕方がないとのことでした。ついながら、今回、上記のように お祖父じいちゃんは 登録出来ないことが分かりましたが、3歳下の弟は 上の写真のように 小さな 骨壺がありますので、登録出来るとのことでした。但し、上記と同様に 郵送不可であり、その某・霊園管理事務所に 直接 来なければならないとのことでした。しかも、身分証明書の代わりに 今回も 必ず 必要と言われた 埋蔵施設 使用許可証、戸籍謄本の除籍 そして 上の骨壺の写真のプリントを持ってくるように とのことでした。

 なお、その某・霊園管理事務所で 話しているときに、隣の窓口に 老女が来ていました。それで、女性担当者と話をしているのですが、耳が遠くて 紙に書いて欲しいと その老女が訴えていました。すると、その女性担当者によりますと、身内の人に連絡しますとのことでした。ところが、その老女によりますと、一人暮(ひとりぐ)らしとのことでした。そこで、その女性担当者が お子さんは と尋ねていました。すると、その老女によりますと、子供は()る とのことでした。 (ちな)みに、去る 一昨年(おととし)の1月12日(日)の「日本国憲法・第24条について・続報(日本民族の結婚の伝統)」のブログ を記させて頂きました。なお、この日本国憲法・第24条に問題がある(ため)に、そのような 老女が 日本に多くなってきているのであると思われました。

 

 

今回 その担当者(男性)によりますと 汚い字でとのことで 記載された 埋蔵施設 使用許可証の裏の埋蔵(収蔵)事項(上の写真の上位 二箇所で、驚くべきことに 間違えて 「平成」でなく「令和」になっています。 ちな みに、この埋蔵施設 使用許可証を受け取るために、帰りに必ず 立ち寄るように とのことでした)

 

 

 それから、 去る 一昨年おととしの7月12日(日)の「本の進呈・続報7・前編(シンクロニシティ)」のブログの下段に、

「(前略)上記の 三輪秀香アナウンサーの芳名の『秀』の漢字を、前述致しましたように 成書を進呈すべく 書状の作成を始めた 宛名あてなかたが、名前に持っているのであります。

 

 さらに、本日 すなわち 7月12日(日)の『家政婦への贈り物・136・中編・10』のブログ

 

 

 

の下段やや上に、

『(前略)父親の名前で 靖国神社・崇敬奉賛会の会員になっています。(後略)』と記させて頂きました。この靖国神社・崇敬奉賛会から 毎月、『靖国』という雑誌が 送られてきます。この『靖国』という雑誌に掲載されている 『英霊の言の葉ことのは』の今月の英霊の芳名が、その『秀』の漢字を ゆうしているのであります。

 そのうえ、本日 すなわち 7月12日(日)の『家庭用ヒート・ポンプ給湯機の故障・続報10・前編』のブログ

 

 

に記させて頂きました、本日 来た リフォーム担当者の名前も、その『秀』の漢字を ゆうしているのであります。なお、本日、上記の『英霊の言の葉ことのは』を、名前に 同じ『秀』の漢字を ゆうしているということで このリフォーム担当者に手渡しました。

 

 さて、去る 一昨年おととし9月18日(火)の『訪問看護(父親)・12・前編』のブログの中段やや下に、

『(前略)去る4月23日(土)の【親への買い物・10・続報】のブログの中段やや上に、セレンディピティ(英語:serendipity)のことを記させて頂きました。また、去る5月28日(月)の【リハビリテーション(父親)・8】のブログの中段やや上に、

【(前略)この理学療法士のかたと シンクロニシティ(英語:synchronicity)(日本語訳では〖共時性きょうじせい〗)の話になりました。それで、東洋 すなわち 仏教では、因果律という さらに 深い言葉がありますね と話しました。すると、誠に有り難いことに うなずいてくれました。ちなみに、シンクロニシティに関しましては、去る4月28日(土)の〖姉からの連絡(シンクロニシティ)〗のブログの下段やや下に、

〖(前略)去る2月16日(金)の〔母親の入院〕のブログの上段に、

〔(前略)去る9月11日(金)の〘親への買い物・15・前編〙のブログの下段に、

〘(前略)上記の知床のことを記しましたら、このスーパー・マーケットで ⁅知床旅情⁆の曲が流れていました。それで、去る11月5日(水)の⁅くもの糸(シンクロニシティ)⁆のブログ そして 去る 昨年の7月17日(金)の⁅プチ・トマト⁆のブログ のそれぞれ上段などに記させて頂きました シンクロニシティ(英語:synchronicity)(日本語訳では⁅ 共時性きょうじせい⁆)のことが思い出されました。(後略)〙と記させて頂きました。この救急車を呼んだということも、このシンクロニシティのように思われました。(後略)〕と記させて頂きました。なお、不思議と 前述致しましたのは、同じ日に おば(高祖の孫)も 姉も 同じ 某・東京医科歯科大学に受診することを聞かされたからであります。まさしく、上記と同様に シンクロニシティであるように思われました。(後略)〗と記させて頂きました。(後略)】と記させて頂きました。このセレンディピティ と シンクロニシティが 両方 起きたような気がしました。(後略)』と記させて頂きました。

 ならびに、去る6月21日(日)の『追体験・続報(シンクロニシティ)』のブログ

 

 

の下段に、

『(前略)去る 昨年の10月17日(水)の【5年目の感謝(迷惑メール[シンクロニシティ])(父親の食事)】のブログの上段に、

【(前略)すなわち、1日違いで 両者の金3,000円という金額が同じでしたので、このシンクロニシティが起きたような気がしました。(後略)】と記させて頂きました。上記の【黒猫】につきましても、このシンクロニシティが起きたような気がしました。(後略)』と記させて頂きました。上記のように、名前に 『秀』の漢字を 持っているということが 1日に 4件 重なりました。これは、前述致しましたように、そのシンクロニシティが起きたような気がしました。しかも、この翌日、家政婦に 父親の買い物を委託しました。すると、この家政婦が 初めて 購入した店の主人の名前も、やはり その『秀』の漢字を ゆうしているのであります。ちなみに、家政婦も同意してくれましたが、『秀』の漢字を 名前に 持っている人は、そう 多くはないと思われるのでありますがね。(後略)」と記させて頂きました。

 ならびに、去る3月11日(金)の「父親の食事(カレーうどん)、洗濯 そして 入浴・258(柚子ゆず湯)」のブログ そして  去る4月14日(木)の「マッサージ(父親)・205・前編」のブログなどを記させて頂きました。この介護福祉士のかた(非常勤) そして マッサージ師のかたの苗字 と その某・霊園管理事務所の担当者(男性)のそれが、同じなのであります。なお、 シンクロニシティが起きたような気がしました。

 および、去る 4月7日(木)の「保険外交員の訪問・続報3(前編)」のブログなどに記させて頂きました退職した保険外交員の苗字 と 以下の 位牌担当者のそれとも、同じなのであります。ちなみに、ここでも、シンクロニシティが起きたような気がしました。

 

 すなわち、去る4月9日(土)の「位牌のこと・続報」のブログの上段やや下に、

「(前略)その男性によりますと 納骨のことで電話をしたとのことであり、所属が変わったとのことでした。但し、位牌のことは 行なうとのことでした。それで、今回も 位牌の手続きをしました。すなわち、上記のように 4年前に その某・葬儀屋の関係の業者によりますと、上記のように 位牌の記入代金が 金6,000円(税抜き)とのことでした。そして、今回も 同様に 金6,000円(税抜き) すなわち 金6,600円(税込ぜいこみ)とのことでした。それで、前回 購入した 予備の白木を 速達で送りました。そして、本日の午後1時50分に、この送り先から 電話が入りました。すなわち、女性の担当者であり 4年前の その某・葬儀屋の関係の業者(男性)から 位牌のことを引きいだとのことでした。それで、本来ならば 訪問しなければならないのだが、位牌のことで 文字が入る サイズを教えて欲しいとのことでした。つまり、当家の繰り出し位牌は わくがあるので、そのわくで 文字が消えないように とのことでした。ようするに、繰り出し位牌なので、位牌の文字が わくで 隠れないように とのことでありますね。

 それで、当家は 2世帯住宅であり 位牌が置いてある家は 隣でしたが、母親の位牌のサイズをはかために 移動しました。そして、母親の位牌のイズをはかり、左が 5mm、右が 6.5mm、上が 22mm そして 下が 21mm 空白があると伝えました。(後略)」と記させて頂きました。つまり、この位牌担当者のことであります。ちなみに、この位牌担当者は、本来 行なうべき 訪問を しないで 電話でませました。しかも、位牌の記入だけで、金6,600円(税込ぜいこみ)も  かりました。なお、前任の男性担当者によりますと、職人が変わったとのことでした。すなわち、母親の位牌に記入されている字 と 父親のそれが 違います。

 

 

父親の位牌

 

 

父親の位牌

 

 

 

 そうして、本日の午後2時から とのことでしたが、某・葬儀屋に 午後1時半集合とのことでした。それで、この某・葬儀屋には 午後1時前に到着しましたので、皆が到着する 午後1時半まで  家政婦と話をしていました。 ちな みに、浄土真宗本願寺派(西本願寺)、真宗大谷派(東本願寺) そして 浄土真宗東本願寺派(単立)などの違いを説明しました。すると、その家政婦によりますと、自宅の近くに 東本願寺の お寺があり、父親も その お寺に訪れたことがあると言っていたとのことでした。それで、調べました。すると、その家政婦が話していた お寺は 圓龍寺であることが分かりました。なお、この お寺は、真宗東本願寺派(単立)でした。

 

 それから、父親が、母親同様に 蜜柑みかんの缶詰が食べたいとのことでした。それで、購入しておりました。 ちな みに、祭壇に おそなえしました。

 

 

母親同様に 父親の好物でもある 国産の 蜜柑みかんの缶詰

 

 

墓前の祭壇

 

 

そなえを げたあとの 墓前の祭壇

 

 

菜食のおかず・36(人参の煮物)

納骨(七七日・満中陰まんちゅういん法要)のあとに げた おそな

 

 

 

 つぎに、僧侶に手渡す 御布施は 金5万円とのことでした。そして、御車代が 金1万円でした。 ちな みに、去る 4月9日(土)の「本の進呈・続報76・前編(シンクロニシティ)」のブログ そして 去る4月9日(土)の「本の進呈・続報76・後編(シンクロニシティ)」のブログなどに記させて頂きましたように、その僧侶に 成書を 速達で贈りました。すると、この僧侶によりますと、誠に有り難いことに「奥さんが リウマチで、のめり込んで 読んでいるとのことでした。なお、今回の出席者である 七歳上の 従兄弟いとこ(男性)にも 速達で贈りましたら、誠に有り難いことに 2/3を読んでくれたとのことでした ついながら、上記のように、墓石には 縦に 「○○家」と書くのではなくて、下の画像のように 「南無阿弥陀仏なむあみだぶつ」と 記すのが 正式 とのことでした。それで、今回、僧侶にも そのことを伝えました。なお、上記のように 本日は 祖母の祥月命日であり、その僧侶によりますと、誠に有り難いことに 法要を 一緒に行なうとのことでした。

 

 

御布施は 金5万円

 

 

御車代が 金1万円

 

 

 

 さて、僧侶による 読経のあとに、この僧侶によりますと、お話をするとのことでした。

 すなわち、

「お祖母ばあちゃんには、中学生のときに 可愛がってもらいました。大学生のときに、美濃屋(父親の かつての店名。 ちな みに、父親の生まれが、岐阜県[美濃]であるため)で アルバイトをしました。お祖母ばあちゃんは、お小遣いを くれました。そういうことは 覚えています。今 75歳であり、中学2年生というと 何歳ですかね。(そこで、14歳との声)そう 14歳ですから、60年になりますね。○○さん(姉のこと)が、2歳の子供を亡くしたとのことでありました。医者がても、優しい人がても、別れのときが来ます。そのときに、崩れ去っていきます。くやしくて、切なくて、溜め息が出ることがあります。何がわるい、明日には よかった、詮無せんないことがあります。くやしい、情けない、寂しい、はらが立つことがあります。しかし、受けていかなければなりません。ぶつかってくるちからに。心の支え。念仏をとなえて 何になるかと思ったこともあります。よかったのは、なんの心配もない、ミサイルが飛んできても。金がいくらあっても、地位があっても。」以上であります。

 ときに、納骨(七七日・満中陰まんちゅういん法要)終了後に、叔母(4女)によりますと、誠に有り難いことに、当方がたから お兄さん(父親)が 長生き(93歳9ヶ月)したとのことでした。それで、叔母(4女)さんがてくれたからでも あります と回答しました。

 ならびに、上記の七歳上の 従兄弟いとこ(男性)から 叔母(3女)さんは どうしているとのことでした。すなわち、つぎは 叔母(3女)さんと思ったようであります。それで、以前は 父親が 電話をしていたのですが、最近では 叔母(3女)さんは 携帯電話を解約してしまったので 連絡が出来ない状態ですと回答しました。また、叔母(3女)さんは、有料老人ホームに入居したいます。

 および、その 従兄弟いとこ(男性)によりますと、ここに来るまで に 踏切が 開かなかったとのことでした。すなわち、集合時間である 午後1時半のことを言っているのであると思われました。

 それから、その 従兄弟いとこ(男性)によりますと、幼少のときに 育った 家の近くの森が なくなったとのことでした。

 そして、その 従兄弟いとこ(男性)によりますと、誠に有り難いことに、叔父さん(父親)に たいへん お世話になったとのことでした。ちなみに、父親は、この 従兄弟いとこ(男性)に関わる法事のときに、壹百萬円を渡しています。

 また、去る 一昨年おととしの2月24日(月)の「三回忌・後編」のブログの中段やや下に、

「(前略)甥(次男)の奥方は、ジーパン姿でした。(後略)」と記させて頂きました。なお、家政婦によりますと、甥(長男) や 義理の兄が 普段着なのは どうかしているとのことでした。そして、奥さんが言うべきこととのことでした。それで、上記のように 三回忌のときには、奥さんが ジーパン姿だったとのことでした。

 しかも、去る2月13日(日)の「武漢ぶかんウイルスのワクチンについて(拡散希望)・続報17・前編」のブログ そして 去る2月13日(日)の「武漢ぶかんウイルスのワクチンについて(拡散希望)・続報17・後編」のブログなどを記させて頂きました。

 そのうえ、去る 5年前の5月2日(火)の「肉親(甥)の来訪(両親の食事)」のブログに記させて頂きました甥(長男)は 訪問歯科医です。なお、このワクチンにちなませて頂きます。すなわち、この甥(長男)との話しで、スタッフに ワクチンを打たせなければならないとの内容になりました。

 のみならず、タクシーで お墓に到着したとき、家政婦によりますと、納骨(七七日・満中陰まんちゅういん法要)開始 10分前であるにもかかわらず、急いで と言って 姉が おこつを 持ってったとのことでした。それで、その家政婦によりますと、普段 姉は おくれてくるのにねとのことでした。

 

 ところで、去る 7年前の11月16日(月)の「七五三に思うこと」のブログ の中段やや上に、

「(前略)G.H.Q.は、悪意がありながら 民主主義という善意を押し付けたとされています。御承知のように、これは、イラク そして アフガニスタンでは うまくいきませんでした。イラク そして アフガニスタンには、もとから民主主義が無かったからとされています。他方たほう、日本 そして ドイツでは、うまくいったようです。これは、元々もともと ドイツには 民主主義があったから と言われています。勿論もちろん、日本でも、天皇陛下を中心とした 民主主義がありました。去る7月16日(木)の『仏革命記念日』のブログ の上段に、

『(前略)御承知のように、仁徳天皇陛下は即位されて 四年目、高台に登って見渡されました。すると、家々から炊事の煙が立ち上がっておらず 国民は貧しい生活をしているのだと気付かれました。万民の貧苦に心を痛められ、三年間の年貢や労働課役をゆるしました。 代々、日本の御皇室は、徳をもって治めて来られました。誠に有り難いことで御座ございます。

 西洋の国王たち為政形態いせいけいたいたみを支配することであったのに対して、日本の御皇室と国民の関係はこれとはまったことなっているので御座ございます。御承知のことであらせられますように、西洋人にはわからないことで御座ございましょう。(後略)』と記させて頂きました。ならびに、去る2月24日(火)の『歌会始の詠進歌』のブログ の冒頭に、 

『(前略)(前述の)去る2月23日(月)の【天皇陛下行幸の君恩に浴して】のブログ の中段で、昭和50年・歌会始うたかいはじめ お題【祭り】の、昭和天皇陛下の御製、【我が庭の宮居に祭る神々に世の平らぎを祈る朝々】を、おそながら引用させて頂きました。(後略)』と記させて頂きました。および、同じく 去る2月23日(月)の『天皇陛下行幸の君恩によくして』のブログの中段で、

『(前略)天皇陛下には、誠に僭越せんえつながら、【日本国民のために、毎朝、四方拝しほうはいをして下さって、誠に有り難う御座ございます。】と申し上げました。誠に有り難いことに、男性友人からは、天皇陛下に喜んで頂けただろうと言ってもらえました。(後略)』と記させて頂きました。すなわち、日本では、天皇陛下は 国民のことを思い、国民は 天皇陛下のことを思っているのであります。天皇家は、万世一系ばんせいいっけいです。今上天皇陛下で、125代です。前述の 西洋の国王たちのようにたみを支配する為政形態いせいけいたいでは、世界史の中でも このような奇跡は、ありえないことであります。基本的に、日本人には 皆 二人ふたりの両親がいます。数学で、2を10乗致しますと、1024になります。つまり、10代の御先祖をさかのぼりますと、その代だけで 1024人の御先祖様が見えることになります。125代もさかのぼりましたら、天文学的数字になります。すなわち、すべての国民が、必ず天皇家とも関わっています。すべての国民が、天皇陛下とつながっているわけであります。これが、日本の民主主義であります。仮に、G.H.Q.が 天皇陛下の生命の保証をしなければ、G.H.Q.の占領政策は 失敗したでありましょう。よって、G.H.Q.が 西洋の民主主義を 日本に押し付けたことは、大きな お世話であります。G.H.Q.が介入かいにゅう(心理学用語)することは、混乱のもととなります。私共わたしども 現在の日本人の使命は、この混乱した日本国を再建致し、子孫に引き継ぐことであります。ちなみに、介入かいにゅうにつきましては、去る6月9日(火)の『きのこ』のブログ の中段やや上に、

『(前略)心理療法では、如何いか介入かいにゅうするかということについて時間をけて勉強致しますし、現場に際して検討致します。(後略)』と記させて頂きました。(後略)」と記させて頂きました。

 なお、当初の天気予報によりますと 雨は降らない予報であったのですが、二転三転しまして 結局 雨になりました。それで、当初は 自転車で行く予定だったのですが、タクシーに変更しました。 ちな みに、きのタクシーの運転手の苗字が、日本の四大財閥のひとつと同じでした。それで、家政婦の祖父が その財閥の重役であり、浅草東本願寺での葬儀が 盛大であったと伝えました。それで、三菱の岩崎弥太郎は偉い人であったかもしれないが、昨今の三菱は グローバル勢力と同化していると伝えました。それに比べて 某・財閥は まだ ましであると話しました。すると、そのタクシーの運転手によりますと、自分は その某・財閥とは 関係ないとのことでした。それで、上記のように、すべての国民が、天皇陛下とつながっているわけであります。そして、基本的に、日本人には 皆 二人ふたりの両親がいます。数学で、2を10乗致しますと、1024になります。つまり、10代の御先祖をさかのぼりますと、その代だけで 1024人の御先祖様が見えることになります。すなわち、10代の御先祖をさかのぼりますと 1024人の御先祖様が見えることになるわけでありますから、その某・財閥とつながっているはずであると伝えました。なお、そのタクシーの運転手と家政婦のことも、シンクロニシティであると思われました。すなわち、シンクロニシティであると思われることが、1日で 3回 あったことになりますね。ついながら、今回も、タクシーの運転手に チップ(英語:tip)を考慮して 言及しました。

 

 

きの自宅から 某・霊園管理事務所まで のタクシーの領収書(本日 すなわち 4月24日[日]の日付が記されています) 

 

 

きの某・葬儀屋から お墓まで のタクシーの領収書(本日 すなわち 4月24日[日]の日付が記されています)

 

 

復路の お墓から 某・霊園管理事務所まで のタクシーの領収書(本日 すなわち 4月24日[日]の日付が記されています)

 

 

復路の 某・葬儀屋から 自宅まで のタクシーの領収書(本日 すなわち 4月24日[日]の日付が記されています。 ちな みに、某・葬儀屋によりますと、タクシーが混んでいるとのことでありまして、このタクシーが到着するのに 約15分も かりました)

 

 

 

 なお、タクシーの運転手によりますと、その某・霊園近くの西武線の踏切は かないとのことでした。それで、1度 まると、上り下りで それぞれ 2本 通りますからね と回答しました。ならびに、その 従兄弟いとこ(男性)も、そう言っていました。および、家政婦も、そう言っていました。すなわち、3人から 同じことを 言われました。 ちな みに、これも、シンクロニシティなのでありましょうかね。仮に そうであると致しますと、1日に 4回 シンクロニシティが起こったことになりますね。

 

 つぎに、家政婦に「雨 降って 地 かたまる」と言いました。すると、誠に有り難いことに、その家政婦によりますと、雨のほうが 暑いよりいいとのことでした。なお、誠に有り難いことに、10人が 参加してくれました。

 

 さて、上記のように、4年前の母親のときには、同じ 午後2時開始でありました。そして、上記のように、自宅に帰って来たのが 午後3時15分頃でした。それで、今回は、自宅に帰って来たのが 午後3時40分頃でした。但し、4年前のときは 父親と一緒に帰ってきましたが、今回は、一人(ひとり)でした。

 ときに、去る 3月17日(木)の「父親の告別式(家族葬)」のブログの中段やや下に、

「(前略)前述致しましたように、上記の某・葬儀場で 葬儀を行うことは 両親の希望であり 父親の遺言でもありました。(ちな)みに、某・葬儀場への支払いは、納骨(七七日・満中陰(まんちゅういん)法要)費用 や 香奠返し代金は 別と致しまして、金1,242,870円でありました。

 

 

上記のように 金1,242,870円の支払いの領収書(立替金とは、火葬所[某・葬祭場]への支払い費用のことであります)

 

 

(後略)」と記させて頂きました。

 ときに、本日の納骨(七七日・満中陰(まんちゅういん)法要)に対します その某・葬儀場への支払いは、金133,100円でありました。 (ちな )みに、本日 当日の現金払いでありました。

 

 

上記のように 2枚の領収書を合計して 金133,100円の支払いの領収書(本日 すなわち 4月24日[日]の日付が記されています)

 

 

上記のように 2枚の領収書を合計して 金133,100円の支払いの領収書(本日 すなわち 4月24日[日]の日付が記されています)

 

 

 (義務教育の方々かたがたに 美しい日本語を 正しい読みかたで 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名ふりがなを付けております)

 本日も、最後 まで  お読み頂き、誠にありがとうございました。唯々感謝。(^-^)

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