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さて、去る 11年前の12月4日(金)の「占守島 」のブログ の中段やや上に、
「(前略)話を その 占守島 の戦いのことに戻しますが、当初 ソ連軍は この島を 一日で占領する予定でした。ところが、日本軍の抵抗により 六日間 足止めされました。冒頭に 硫黄島 の戦いことを言及させて頂きましたが、この戦いと同様の働きの お 蔭 で 北海道に侵攻されることが 遅 れました。スターリンは、北海道を二分割して 北東部(釧路-留萌を結んだ直線以北)半分を ソ連のものにしようと考えていました。あわよくば、北海道全体以上を考えていたかもしれません。御承知のように、戦後、連合国によって 日本を四分割統治する計画があった訳でありますからね。仮に、千島列島と同様に ソ連軍に上陸されて 実効支配されていましたら、少なくても 北・北海道に 日本民主主義人民共和国が誕生していたかもしれません。実際に、 独 、朝鮮 そして ベトナムでは そうであったのですからね。(後略)」と記させて頂きました。仮に、上記のように 北海道を二分割されていましたら、納豆の原料となる 大豆 そして 南瓜は、入手しにくかったかもしれません。
ときに、国産の ブロッコリーです。 因みに、去る 12年前の10月17日(金)の「ブロリコ(今日のおかず)」のブログ に、ブロッコリーのことを記させて頂きました。また、去る 11年前の10月10日(土)の「心身一如」のブログ そして 去る 11年前10月9日(金)の「給食」のブログのそれぞれ中段やや上に、フィト・ケミカル(英語: phytochemical)の一種であるスルフォラファン (英語:sulforaphane)が含まれている「ブロッコリー・スプラウト」のことを記させて頂きました。しかも、このフィト・ケミカルにつきましては、去る 11年前の10月11日(日)の「人類に有用な天然の物質」のブログ、去る 11年前の10月12日(月)の「産土の神社の『例大祭』」のブログ そして 去る 11年前の10月18日(日)の「フィト・ケミカル」のブログ のそれぞれ中段以降に記させて頂きました。なお、去る 11年前の11月18日(水)の「薔薇の花・3 」のブログ の中段やや上に、
「(前略)リボーン・ベジタブル(英語:reborn vegetable)とは、野菜を再生するという意味です。このリボ・ベジ(リボーン・ベジタブル)を利用して、ブロッコリーから 上記の『ブロッコリー・スプラウト』を栽培出来そうですね。(後略)」と記させて頂きました。因みに、家政婦さんによりますと、ブロッコリーでも 調理に 時間が掛かったり、掛からなかったりする との旨 でありました。それで、同じスーパー・マーケットで購入しているのであるが、ブロッコリーの品質が 様々なのであろう と話しました。

国産の ブロッコリー

国産の ブロッコリー
ところで、去る 10年前の9月26日(月)の「母親の入院・続報3(資源回収)」ブログの上段やや下などに、
「(前略)一昨々日 すなわち 9月23日(金)の『資源回収・続報16(母親の血圧)』のブログの中段に、『家族の洗濯物のことも致しました。』と記させて頂きました。因みに、毎日 洗濯致しております。なお、昨日は、母親の洗濯物も致しました。(後略)」と記させて頂きました。毎日 家族の洗濯物を洗濯して 干 してきました。
また、前述の 去る 10年前の9月23日(金)の「資源回収・続報16(母親の血圧)」のブログなどに記させて頂きましたように、平日 毎日のごみの回収(可燃物資源、不燃物資源、可燃物ごみ そして 不燃物ごみなど)がありますので、これらに対応しなければなりません。因みに、去る 10年前の3月2日(水)の「焼き麩・資源の回収」のブログの上段に、
「(前略)資源を出して それらの資源を回収してくれることが成立する、この ちょっとしたことが 喜びに繋がっています。幸福とは 幸せを感じるその人の気持ち次第であるのである ということが、この資源の回収から 今更乍ら 思われます。(後略)」と記させて頂きました。
ならびに、お風呂、トイレ そして 部屋などの掃除、庭の植物への水 撒 き や 外壁塗装など 自宅の維持管理のことがあります。
さて、ヘルパー(日本語:家政婦)によりますと、誠に有り難いことに、 一人 で 二人 の親をみることは たいへん とのことでありました。しかも、これからも 長丁場だから とのことでしたが、去る 8年前の3月6日(火)の「母親の転帰」のブログに記させて頂きましたように、母親が 亡くなりました。 また、去る 4年前の3月11日(金)の「父親の転帰」のブログに記させて頂きましたように、父親が 続いて 亡くなりました。因みに、飲み物を頂いたり 食事をしたりするときには、両親と 共に 頂いている気持ちでおります。なお、 勿論 、毎日のように 御仏壇に お供えを致して お線香を あげております。序で乍ら、父親も 母親も、神様であります。従いまして、両親を想うことは、神様を想うことであると思われます。
ならびに、去る 4年前の9月22日(木)の「菜食のおかず・172(大和芋)・洗濯物」のブログの中段やや上に、
「(前略)去る 一昨々年の2月24日(日)の『母親の一周忌の挨拶』のブログ そして 去る 一昨年の2月27日(木)の『母親の三回忌の挨拶』のブログの上段に、
『(前略)【今日は、何が食べたい?】、【少し暖かくなったね。】と、誠に有り難いことに、毎日 会話しました。(後略)』と 記させて頂きました。なお、僧侶を招いて 供養することも 必要であるか と存じますが、人に両親の話をすることが 供養であるとされています。更に、お供えをすることも 大事ですが、一番 大切な供養は、日々 両親に 上記のように、『少し暖かくなったね。』と話し掛けることであると思われます。(後略)」と 記させて頂きました。
および、去る 一昨々年の3月5日(日)の「父親の 一周忌での 挨拶」のブログ、去る 4年前の7月11日(月)の「父親の 初盆(新盆)での 挨拶」のブログ そして 去る 4年前の3月20日(日)の「父親の告別式[家族葬]での 挨拶」のブログのそれぞれ上段に、
「(前略)当方から『よかったね。御飯 食べられて。』 そして 父親から『美味しかった。』が 毎朝の言葉の遣り取りでした。
母親との言葉の遣り取りは、『暖かくなったね。今日は、何が食べたい?』などでありました。すなわち、 去る 一昨々年の2月27日(木)の『母親の三回忌の挨拶』のブログの上段に記させて頂きましたように、毎日 会話しました。
(中略)
なお、『よかったね。御飯 食べられて。』は、日々 食べることが出来ることに 感謝の気持ちを捧げた言葉であります。(後略)」と 記させて頂きました。
また、誠に有り難いことに、親父さん、おふくろさん そして 御先祖様の 生命が 当方の中に 生きているのであると思われました。
更に、本日は、母親の月命日(祥月命日[御承知のように、また、去る 10年前の4月25日(月)の「祖母の三十三回忌」のブログ そして 去る 12年前の12月4日(木)の「神社参拝」のブログのそれぞれ上段に記させて頂きましたように、一周忌以後の当月の命日のことです]を 除き 1年に 11回ある日のこと)なのであります。因 みに、誠に有り難いことであります。
更に、去る 一昨年の9月14日(土)の「菜食のおかず・961(ピーマン と 茄子)・枝豆・洗濯物」のブログの中段やや下に、
「(前略)去る8月31日(土)の『菜食のおかず・944(ピーマン と 茄子)・枝豆』のブログの中段やや上に、
『(前略)去る8月15日(木)の【菜食のおかず・926(買い物)・後編】のブログの中段やや上に、
【(前略)去る8月10日(土)の〖菜食のおかず・919(ピーマン と 茄子)・枝豆〗のブログの中段やや上に、
〖(前略)去る8月3日(土)の〔菜食のおかず・910(ピーマン と 茄子)・枝豆〕のブログの中段やや上に、
〔(前略)本日も 上記の殺虫剤で ゴキブリが死んでいましたので、上記と同様に 当家の庭の花壇に埋めてあげました。(後略)〕と記させて頂きました。本日も 上記の殺虫剤で ゴキブリが死んでいましたので、上記と同様に 当家の庭の花壇に埋めてあげました。因みに、去る 昨年の11月7日(火)の〔当家の敷地の住人・続報31〕のブログの下段に、
〔(前略)本日は、当家の事務所に 大きな蟻が入ってきました。それで、丁重に 外に逃がしました。すると、確認致しましたら、誠に有り難いことに、土のある方向に行ってくれました。そして、いつも 行なっていますように 〘あなたの相応しい所に お行き下さい。〙と 心より祈りました。 因みに、誠に有り難いことに、上記のように 前回 すなわち 一昨日、蟻の巣のことを記させて頂いたばかりでありました。(後略)〕と記させて頂きました。すなわち、〔今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〕と 心より祈りました。(後略)〗と記させて頂きました。本日も 上記の殺虫剤で ゴキブリが死んでいましたので、上記と同様に 当家の庭の花壇に埋めてあげました。(後略)】と記させて頂きました。本日は 事務室で 藪蚊が死んでいましたので、上記と同様に 当家の庭の花壇に埋めてあげました。そして、前述致しましたように 【今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。】と 心より祈りました。(後略)』と記させて頂きました。本日も 上記の殺虫剤で ゴキブリが死んでいましたので、上記と同様に 当家の庭の花壇に埋めてあげました。そして、上から 水を掛けてあげました。それから、前述致しましたように 『今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。』と 心より祈りました。(後略)」と記させて頂きました。
しかも、去る 一昨年の11月14日(木)の「菜食のおかず・1033(買い物)」のブログの中段やや下に、
「(前略)去る11月4日(月)の『菜食のおかず・1023(人参の煮物)・洗濯物』のブログの中段やや下に、
『(前略)去る10月22日(月)の【菜食のおかず・1008(人参の煮物)・洗濯物】のブログの中段やや上に、
【(前略)去る10月7日(月)の〖菜食のおかず・990(人参の煮物)〗のブログの中段やや上に、
〖(前略)去る9月30日(月)の〔菜食のおかず・982(人参の煮物)〕のブログの中段やや下に、
〔(前略)本日は 当家の事務所に居ましたら、手の上に 小さな蟻が這っていました。それで、外に逃がしてやりました。そして、上記のように いつも行なっていますように 〘今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〙と 心より祈りました。(後略)〕と記させて頂きました。本日は 上記の 燻蒸式の医薬品を使用後に ゴキブリが死んでいましたので、上記と同様に 当家の庭の花壇に埋めてあげました。そして、上から 水を掛けてあげました。それから、上記のように いつも行なっていますように 〔今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〕と 心より祈りました。(後略)〗と記させて頂きました。本日も 上記の殺虫剤で ゴキブリが死んでいましたので、上記と同様に 当家の庭の花壇に埋めてあげました。そして、上から 水を掛けてあげました。それから、前述致しましたように 〖今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〗と 心より祈りました。(後略)】と記させて頂きました。本日は 当家の事務所に居ましたら、手の上に 小さな蟻が這っていました。それで、外に逃がしてやりました。また、暫くすると 手の上に 小さな羽蟻が這っていました。そこで、外に逃がしてやりました。そして、上記のように いつも行なっていますように 【今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。】と 心より祈りました。(後略)』と記させて頂きました。本日のお昼は 当家の事務所に居ましたら、何か 音がするのであります。それで、照明を見ましたら、蛾が飛んで その照明に ぶつかって 音を発しているのでありました。そこで、窓を開けて 点いていた その照明を消して、外に逃がそうと思いました。因みに、卓上蛍光灯も消して、部屋を暗くしました。ところが、この作業を 2~3回 行ないましても、なかなか 外に出て行ってくれませんでした。それで、数回 同じ作業を行ないましたら、漸く 出て行ってくれました。そこで、上記のように いつも行なっていますように 『今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。』と 心より祈りました。なお、古本によく発生することで 御承知の チャタテムシが、気温が高いと 台所に 発生します。序で乍ら、体長1mm 程の淡黄色~淡褐色をした 体の割に頭が大きい 小さな虫であります。それで、上記のように いつも行なっていますように 『今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。』と 心より祈りました。(後略)」と記させて頂きました。
そのうえ、去る 6月16日(月)の「菜食のおかず・1265(人参の煮物)・洗濯物」のブログの中段やや下に、
「(前略)去る5月23日(金)の『菜食のおかず・1239(味噌汁)』のブログの中段やや下に、
『(前略)去る5月19日の【菜食のおかず・1235(人参の煮物)・洗濯物】のブログの中段やや下に、
【(前略)去る 4月28日の〖菜食のおかず・1212(ひじきの煮物)〗のブログの中段やや下に、
〖(前略)去る4月17日(木)の〔菜食のおかず・1200(買い物)〕のブログの中段やや下に、
〔(前略)本日(翌日になっていました)の 午前2時40分は 当家の事務所に居ましたら、オーバーの右裾に 小さな蟻が這っていました。それで、寒かったですが そのオーバーを脱いで 外に逃がしてやりました。そして、上記のように いつも行なっていますように 〘今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〙と 心より祈りました。(後略)〕と記させて頂きました。本日の午後1時10分頃は 当家の事務所に居ましたら、下の画像の テントウムシダマシ(ニジュウヤホシテントウ・オオニジュウヤホシテントウ)が這っていました。それで、外に逃がしてやりました。そして、上記のように いつも行なっていますように 〔今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〕と 心より祈りました。因みに、てんとう虫は、漢字で書くと〔天道虫〕であり、太陽神の使いとされたことから、縁起が良い虫とされています。但し、前述致しました テントウムシダマシは、〔ニジュウヤホシテントウ〕と〔オオニジュウヤホシテントウ〕の通称であり、テントウムシダマシ科の虫ではなく、マダラテントウ類の仲間です。なお、一般的な テントウムシが アブラムシを食べる 益虫であるのに対し、テントウムシダマシは草食性で、ナス科の野菜や草花を食べる害虫であるとのことであります。

テントウムシダマシ(ニジュウヤホシテントウ・オオニジュウヤホシテントウ)(淡い茶色の体に28個の黒い模様[ホシ]があり、羽に毛が多い為 艶がないことが 特徴であるとのことであります)
(後略)〗と記させて頂きました。
それから、本日の 午後5時40分は 当家の事務所に居ましたら、右手の指に 小さな蟻が這っていました。それで、外に逃がしてやりました。そして、上記のように いつも行なっていますように 〖今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〗と 心より祈りました。
しかして、本日も 前述致しましたように ゴキブリが死んでいましたので、上記と同様に 当家の庭の花壇に埋めてあげました。そして、上から 水を掛けてあげました。それから、前述致しましたように 〖今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〗と 心より祈りました。(後略)】と記させて頂きました。
のみならず、本日も 前述致しましたように ゴキブリが死んでいましたので、上記と同様に 当家の庭の花壇に埋めてあげました。そして、上から 水を掛けてあげました。それで、土に還してやりました。それから、前述致しましたように 【今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。】と 心より祈りました。因みに、このことは 家政婦さんの目の前で 起こったことでありますので、その家政婦さんに話しました。(後略)』と記させて頂きました。
加うるに、本日も 前述致しましたように ゴキブリが死んでいましたので、上記と同様に 当家の庭の花壇に埋めてあげました。そして、上から 水を掛けてあげました。それで、土に還してやりました。それから、前述致しましたように 『今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。』と 心より祈りました。因みに、このことは 家政婦さんの目の前で 起こったことでありますので、その家政婦さんに話しました。なお、去る 昨年の8月16日(金)の『カメムシ・続報』のブログを記させて頂きました。序で乍ら、本日の午前中 気が付きましたら、当方の Yシャツの前面に 上記のような カメムシが くっ付いていました。そこで、態々 ベランダに出て 外に 逃がしてやりました。そして、前述致しましたように 『今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。』と 心より祈りました。それから、そのカメムシを 写真に撮ろうと カメラを持って 直ぐに 戻りましたが、既に 居なくなっていました。(後略)」と記させて頂きました。
おまけに、去る7月7日の「菜食のおかず・1291(人参の煮物)・洗濯物」のブログの中段やや下に、
「(前略)去る7月1日の『菜食のおかず・1284(人参の煮物)・洗濯物』のブログの中段やや下に、
『(前略)去る6月24日の【菜食のおかず・1275(人参 と キャベツ)】のブログの中段やや下に、
【(前略)一昨日 すなわち 6月22日 (日)の〖菜食のおかず・1272(ブロッコリー)〗のブログの中段やや下に、
〖(前略)さる 6月18日(水)の〔菜食のおかず・1267(豆腐)〕のブログの中段やや下に、
〔(前略)本日の 午後0時40分は 当家の事務所に居ましたら、スマートフォンの上に 小さな蟻が這っていました。それで、外に逃がしてやりました。そして、上記のように いつも行なっていますように 〘今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〙と 心より祈りました。(後略)〕と記させて頂きました。
ならびに、午後11時頃に 当家の事務所に 居ましたら、黒い虫が 床を 這っていました。それで、外に逃がしてやりました。そして、上記のように いつも行なっていますように 〔今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〕と 心より祈りました。(後略)〗と記させて頂きました。
および、本日の 午後2時40分は 当家の事務所に居ましたら、ノートの上に 小さな蟻が這っていました。それで、外に逃がしてやりました。そして、上記のように いつも行なっていますように 〖今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〗と 心より祈りました。(後略)】と記させて頂きました。
また、過日も 前述致しましたように ゴキブリが死んでいましたので、上記と同様に 当家の庭の花壇に埋めてあげました。そして、上から 水を掛けてあげました。それで、土に還してやりました。それから、前述致しましたように 【今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。】と 心より祈りました。
更に、本日の 午後2時20分は 当家の事務所に居ましたら、床の上に カナブンに似た カメムシが這っていました。それで、外に逃がしてやりました。そして、上記のように いつも行なっていますように 【今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。】と 心より祈りました。(後略)』と記させて頂きました。
しかも、本日の 午前10時頃は 当家の事務所に居ましたら、床の上に ダンゴムシが 丸くなって 居ました。 因みに、去る 一昨年の10月8日(日)の『黄金虫・続報5』のブログの中段やや下に、
『(前略)ワラジムシ(丸くなるのが ダンゴムシ、丸くならないのが ワラジムシとのことであります)(後略)』と記させて頂きました。
それで、当家の庭の花壇の土の上に還してやりました。そして、上から 水を掛けてあげました。それから、前述致しましたように 『今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。』と 心より祈りました。
そのうえ、本日の 午前11時15分頃は やはり 当家の事務所に居ましたら、手の上に 小さな蟻が這っていました。それで、外に逃がしてやりました。そして、上記のように いつも行なっていますように 『今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。』と 心より祈りました。(後略)」と記させて頂きました。
それから、去る9月13日(土)の「菜食のおかず・1372(ピーマンと茄子)・枝豆」のブログの中段やや下に、
「(前略)去る9月8日(月)の『菜食のおかず・1366(人参の煮物)・洗濯物』のブログの中段やや下に、
『(前略)去る9月3日の【菜食のおかず・1360(トマト煮)】のブログの中段やや下に、
【(前略)去る7月21日の〖菜食のおかず・1308(人参の煮物)・洗濯物〗のブログの中段やや下に、
〖(前略)去る 7月10日 (木) の〔菜食のおかず・1294(買い物)〕のブログの中段やや下に、
〔(前略)午後8時5分頃 自分の部屋に居ましたら、小さな 子供の ゴキブリが居ました。それで、その小さな 子供の ゴキブリを ティッシュ ペーパーに包んで 服を着て 外に出て 当家の庭の花壇の土の上に還してやりました。そして、上から 水を掛けてあげました。それから、前述致しましたように 〘今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〙と 心より祈りました。(後略)〕と記させて頂きました。
しかして、過日も 前述致しましたように ゴキブリが死んでいましたので、上記と同様に 当家の庭の花壇に埋めてあげました。そして、上から 水を掛けてあげました。それから、前述いたしましたように 〔今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〕と 心より祈りました。
のみならず、本日の午前8時半 そして 午前9時頃には やはり 当家の事務所に居ましたら、手の上に それぞれ 小さな蟻が這っていました。それで、外に逃がしてやりました。そして、上記のように いつも行なっていますように 〔今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〗と 心より祈りました。(後略)〕と記させて頂きました。
加うるに、本日の 午前11時40分は 当家の事務所に居ましたら、ノートの上に 大きな蟻が這っていました。それで、外に逃がしてやりました。そして、上記のように いつも行なっていますように 〖今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〗と 心より祈りました。(後略)】と記させて頂きました。
おまけに、午後 当家の事務所に居ましたら、藪蚊が入ってきました。それで、仕方がないので、ノーマットを焚いて その事務所から 暫く 離れました。そして、その事務所に戻りまして 暫くすると、目の前の机の上に 一匹の藪蚊が落ちてきました。そこで、まだ 生きていましたので、外に逃がしてやりました。そして、上記のように いつも行なっていますように 【今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。】と 心より祈りました。(後略)』と記させて頂きました。
ならびに、本日の 午後10時40分頃には 当家の事務所に居ましたら、左腕の上に 小さな蟻が這っていました。それで、急いで 左腕から落ちないように 外に逃がしてやりました。因みに、2回 左腕から 見失いました。そして、上記のように いつも行なっていますように 『今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。』と 心より祈りました。(後略)」と記させて頂きました。
および、去る5月20日の「菜食のおかず・1673(トマト煮)」のブログの中段やや下に、
「(前略)去る5月5日の『菜食のおかず・1653(小松菜) 』のブログの中段やや下に、
『(前略)去る 4月30日の【菜食のおかず・1646(買い物)】のブログの中段やや下に、
【(前略)去る4月16日の〖菜食のおかず・1627(買い物)〗のブログの中段やや下に、
〖(前略)去る 昨年の10月9日(木) の〔菜食のおかず・1402(買い物)〕のブログの中段やや下に、
〔(前略)本日の 午後7時20分頃には 当家の事務所に居ましたら、床の上に 大きな蟻が這っていました。それで、急いで A4のコピ-用紙に取って 落ちないように 外に逃がしてやりました。因みに、上記のように いつも行なっていますように 〘今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〙と 心より祈りました。
また、死んでいるような 弱った藪蚊も、外に出て 当家の庭の花壇の土の上に還してやりました。(後略)〕と記させて頂きました。
更に、御承知の 上記の チャタテムシが、気温が高くなってきたので 台所に 発生します。そこで、上記のように いつも行なっていますように 〔今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〕と 心より祈りました。因みに、上記の チャタテムシは 直接的な毒や吸血の害はないものの、大量発生による 不快感、死骸の吸引による アレルギー、乾燥食品への混入といった健康被害をもたらすとされております。(後略)〗と記させていただきました 。
しかも、本日の 午後1時20分は 当家の事務所に居ましたら、ノートの上に 小さな蟻が 死んでいました。それで、当家の外の庭に お墓を作ってあげました。そして、上記のように いつも行なっていますように 〖今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〗と 心より祈りました。(後略)】と記させて頂きました。
そのうえ、本日の 午後1時40分頃は 当家の事務所に居ましたら、右手の甲のところに 尺取り虫が居ました。 因 みに、誠に驚きました。それで、尺取り虫は 葉を食害する とされていますが、家の花壇に 逃がしてやりました。そして、その花壇の土が乾いていましたので、乾燥しないように 水を掛けてやりました。

右手の甲のところに 尺取り虫が居ました
(後略)』と記させて頂きました。
それから、本日の 午前6時50分頃には 当家の事務所に居ましたら、ノートの上に 大きな蟻が這っていました。それで、急いで A4のコピ-用紙に取って 落ちないように 外に逃がしてやろうとしました。そこで、そのA4のコピ-用紙から 零れたので、最後は ティッシュペーパーで 優しく 摘まんで 外ににがしてやりました。すると、元気に 去っていきました。因みに、上記のように いつも行なっていますように 『今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。』と 心より祈りました。(後略)」と記させて頂きました。
しかして、去る6月30日の「菜食のおかず・1725(人参の煮物)・洗濯物」のブログの中段やや下に、
「(前略)去る6月21日の『菜食のおかず・1715(ひじきの煮物・とうもろこし)』のブログの中段やや下に、
『(前略)去る6月15日の【菜食のおかず・1706(人参の煮物)・洗濯物】のブログの中段やや下に、
【(前略)去る6月7日の〖菜食のおかず・1695(ブロッコリー)〗のブログの中段やや下に、
〖(前略)本日の 午後5時50分は 当家の事務所に居ましたら、ノートの上に 小さな蟻が這っていました。それで、外に逃がしてやりました。そして、上記のように いつも行なっていますように 〘今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〙と 心より祈りました。(後略)〗と記させて頂きました。
のみならず、本日の 午後4時50分は 当家の事務所に居ましたら、パソコンの上に 小さな蟻が這っていました。それで、外に逃がしてやりました。そして、上記のように いつも行なっていますように 〖今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。〗と 心より祈りました。(後略)】と記させていただきました。
加うるに、本日の 午後4時50分は 当家の新家に居ましたら、テーブルの上に 小さな蟻が這っていました。それで、外に逃がしてやろうとおもいましたが、誠に遺憾なことに その小さな蟻を載せた 紙の上から 零れ落ちてしまいました。それで、上記のように いつも行なっていますように 【今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。】と 心より祈りました。(後略)』と記させて頂きました。
ならびに、本日の 午後2時50分頃には 当家の事務所の外に居ましたら、床の上に 大きな蟻が這っていました。それで、急いで A4のコピ-用紙に取って 落ちないように 外に逃がしてやりました。すると、誠に有り難いことに、その 大きな蟻は 『ありがとう』と言うかのように 去っていきました。因みに、上記のように いつも行なっていますように 『今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。』と 心より祈りました。なお、去る 10年前の4月7日(木)の『大東亜戦争の真実』のブログを記させていただきました、大東亜戦争のときに 支那で 抑留された 日本人は 南京虫に 煩わされたのであります。序で乍ら、去る 12年前の10月8日(水)の『親の受診に付き添っていること・1(循環器内科医[女医])』のブログ そして 去る 12年前の11月9日(日)の『親の受診に付き添っていること 親の受診に付き添っていること ・2(循環器内科医[女医])』のブログのそれぞれ 共に中段やや上、更に、去る 11年前の2月23日(月)の『天皇陛下行幸の君恩に浴して』のブログの中段などに記させていただきました 某・ボランティア(英語:volunteer)のサークル(英語:circle)の関係の 日本兵は、上記のように 『あなたの相応しい所に お行き下さい。』と祈っていたとのことであります。因みに、これらのことを 家政婦さんに話しましたら、誠に有り難いことに、頷いて 納得して 同意してくれました。(後略)」と記させて頂きました。
および、本日の 午後0時10分頃には 当方の部屋に居ましたら、床の上に 小さな ゴキブリが這っていました。それで、急いで ティッシュ ペーパーに取って 落ちないように 外に逃がしてやりました。因みに、上記のように いつも行なっていますように 「今後は、あなたの相応しい所に お行き下さい。」と 心より祈りました。
ときに、ヘルパー(日本語:家政婦)に因ませて頂きます。すなわち、去る 4年前の4月1日(金)の「家政婦さんの入院」のブログに記させて頂きましたように、約4年8ヶ月 勤務してくれた 家政婦さんが入院しました。そして、誠に有り難いことに、去る 一昨年の4月18日(月)に 退院しました。
次 に、昨日、一日の食事(菜食)を 感謝の気持ちを 籠 めさせて頂いて 記させて頂きます。なお、去る 10年前の10月6日(木)の「3年目の感謝」のブログの下段などに、
「(前略)昨日も、おかずどころではありませんでした。そして、昨日も やはり 90分 睡眠でした。(後略)」と 記させて頂きました。昨日も、いつものことですが、結局 蒲団に入ることが 適いませんでした。序で乍ら、去る 10年前の9月30日(金)の「母親の入院・続報7」のブログの下段やや上に、
「(前略)レム睡眠(英語: rapid eye movement sleep, REM sleep) と ノンレム睡眠の1周期が 約90分とされています。但し、個人差があり、この1周期が 80分の人も居れば 110分の人も居るようです。ヘルパー(日本語:家政婦)によりますと、自分は 60分とのことでした。因みに、去る 昨年の12月21日(月)の『催眠に効果的な言葉』のブログ の上段に、
『(前略)一般的に、顕在意識が5%位 また 潜在意識が95%位と 云 われますが、個人差があります。顕在意識が2~3%位の場合もあります。(後略)』と記させて頂きました。こちらも、同様に 個人差があります。(後略)」と 記させて頂きました。
話を戻しますが、取り 敢 えず 納豆であります。 因みに、前述の 去る 10年前の9月30日(金)の「母親の入院・続報7」のブログの上段に、
「(前略)去る 一昨年 の10月9日(木)の『笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗 から 大乗 へ』のブログ の下段やや上に、
『(前略)医科学の大事典に、【穀物に大豆食品をとれば、蛋白質の量 及び 質 共に、完全ではないが、大きな欠陥は無いようになる。なお、植物性食品では、カルシウム(Ca)、鉄(Fe)、ビタミンB1(チアミン) 及び B2(リボフラビン)の少ないものが多く、また、ビタミンB12(シアノコバラミン)は 全く含まれていない。従って、菜食では、いろいろ多種の食品を 摂取 ることが大切で、・・・食事の量が多くなるので、子供や老人には適当でない】との旨 が書かれてあります。(後略)』と記させて頂きました。上記のように、最低限 穀物に大豆食品と思われました。(後略)」と記させて頂きました。なお、納豆の食べ 方 ですが、たれも付けずに 納豆の味を そのまま頂きます。因みに、去る 12年前の10月5日(日)の「ボランティア・高尾山登山 」のブログ そして 去る 11年前の1月21日(水)の「ボランティア・高尾山登山・その2」のブログのそれぞれ上段などに、
「(前略)18年間、月二回 日曜日に、・・・ボランティアを、このトップの方々二人に委託されて、行って参りました。そのボランティアで、過日 子供達と父兄を連れて、スタッフと共に、東京都八王子市にある 高尾山に登りました。(^O^)(後略)」と お伝え申し上げました。当時 そのボランティアのスタッフから 食べ方を 訊かれましたので、上記のように 納豆を そのまま味わう と回答致しましたら 「ええ!」とのことでありました。序で乍ら、納豆パワーですね。
なお、納豆1パック(約50g)には、約8μgのセレンが含まれています。因みに、セレンは、必須微量ミネラルです。序で乍ら、主に 肝臓 や 腎臓に含まれ、甲状腺ホルモンの活性化に必須であり、抗酸化作用で 組織細胞の酸化を防ぐ働きをするとされています。因みに、過剰摂取した場合 中毒を起こす とされていますが、納豆 一日 2パック位であるならば 問題ないとされています。
ところで、去る 7年前の6月13日(木)の「鰻の蒲焼・339(カレーうどん・父親の食事)」のブログの中段やや下などに、
「(前略)一昨日 すなわち 6月11日(火)の『理容店 ・続報 21(カレーうどん・父親の食事)』のブログの下段に、
『(前略)去る 一昨々年の7月17日(日)の【歯科受診・続報6(父親への贈り物)】のブログなどに、部分入れ歯をすることを勧められた と記させて頂きました。この 33ヶ月以上、この部分入れ歯を 嵌 める時間の余裕もありませんでした。すると、家政婦によりますと、入れ歯が合わなくなる とのことでした。なお、父親の入れ歯は、毎日 洗われています。(後略)』と記させて頂きました。そして、一昨日 すなわち 6月11日(火)の『歯科受診・続報8(抜歯)』のブログの下段やや上に、
『(前略)局所麻酔で 抜歯となりました。なお、この左下大臼歯のこと、長年 本当に 御苦労様でした。因みに、この左下大臼歯を抜歯した為に、下の画像の部分入れ歯は 使うことが出来なくなりました。序で乍ら、上記のように 何回も 通って この部分入れ歯が作られましたが、ほとんど使用することが適いませんでした。(後略)』と記させて頂きました。なお、この部分入れ歯は、去る 一昨々年の7月17日(日)の『歯科受診・続報6(父親への贈り物)』のブログに記させて頂きましたように 一昨々年の7月16日(土)に作られたものです。上記のように ほとんど使用することが適いませんでした 部分入れ歯ですが、今回の抜歯により 全く使うことが出来なくなりました。(後略)」と記させて頂きました。

国産の 納豆
同居していた両親は、と以前 訊 かれましたので、お伝え申し上げましたが、両親は何でも食べました。
去る 6年前の2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗から 大乗へ・前編」のブログ、去る 6年前の2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤小乗から 大乗へ・中編」のブログ そして 去る 6年前の2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤小乗から大乗へ・後編」のブログ、それから、当初の 前述の 去る 12年前の10月9日(木)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗 から 大乗 へ」のブログ そして 去る 10年前の1月12日(火)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗 から 大乗 へ ・続報」のブログ に記させて頂きました過程があり、誠に有り難いことに、母親の理解を得て、菜食にさせて頂いております。因みに、去る 8年前の1月8日(月)の「鰻の蒲焼・40(両親の食事)」のブログの下段に、
「(前略)毎年 年賀状の交換をしていて、今年 来ました 東京大学医学部卒業の 90歳近い心療内科医からの年賀状によりますと、誠に有り難いことに 『【菜食療法】が ついにモノになりましたね。大したことです。』とのことでありました。(後略)」と記させて頂きました。なお、去る 6年前の2月24日(土)の「三回忌・前編」のブログなどに、母親の三回忌のことを記させて頂きました。母親の この三回忌を迎え、菜食に理解を得た 母親に 感謝の気持ちを捧げさせて頂きたい と思い 「笑いと菜食療法」を 製本させて頂きました。すると、誠に有り難いことに 家政婦によりますと、今は亡き母親が 喜んでいるとのことでした。そして、これが 何よりも のことでありますが、前述の 去る 6年前の2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤小乗から大乗へ・後編」のブログの下段に、
「(前略)この『菜食療法』は、両親との合作とも 申すべき 治療法であります。(後略)」と記させて頂きました。すなわち、その「笑いと菜食療法」は、両親を含めた 三人の合作 ということなのであります。因みに、誠に有り難いことに、父親の為 に 一筆入れて 進呈した その「笑いと菜食療法」の成書を 父親は 肌身から 離そうとしませんでした。すなわち、誠に有り難いことに、大事にしてくれました。
あと、それらのおかずに、玄米御飯で 御座 います。玄米も、 庶民 的に スーパー・マーケットで購入して来て参りましたが、最近では 通販を利用するようになりました。なお、去る 9年前の10月22日(日)の「鰻の蒲焼・12(両親の食事)」のブログの下段に、
「(前略)昨日、この通販で 玄米が届きました。ところが、袋に穴が空いていて 米粒がばらまかれました。それで、一粒ずつ拾いました。 因みに、去る 一昨年の11月20日(金)の『仏花(菊の花)』のブログ の中段に、
『(前略)昨日 すなわち 11月19日(木)の【父親の水】のブログ に、
【(前略)某・宗教では、食堂に落ちている米粒を拾う修行があるとのことです。お米は、誠に有り難いですね。(中略)昨日のブログの最後に、半角で4万文字以内という字数制限を超えましたので、文章を削らせて頂きました。(後略)】と記させて頂きましたので、補足させて頂きます。すなわち、去る2月14日(土)の【絵本の影響】のブログの中段やや下に、
【(前略)幼少の頃 に受ける、絵本の影響は大きいと思います。例えば、一粒のお米も拝んで食べようと思うのも絵本の影響です。(後略)】と記させて頂きました。(後略)』と記させて頂きました。(後略)」と記させて頂きました。
なお、去る 11年前の11月20日(金)の「仏花 (菊の花)」のブログ の下段に、「古事記」と「日本書紀」を引用させて頂いて、日本人の主食である お米は 誠に有り難い という話を記させて頂きました。

玄米御飯
玄米の食べ 方 につきましては、去る 12年前の11月17日(月)の「黒 胡麻 (昨日のおかず)」のブログで記させて頂きました。また、玄米の 炊 き 方 につきましては、去る 12年前の11月26日(水)の「蕗 (昨日のおかず)」のブログに記させて頂きました。なお、玄米を 炊 く 為 の前処理につきましては、去る 10年前の11月27日(日)の「両親の食事(玄米の前処理)」のブログの下段に記させて頂きました。序で乍ら、去る 7年前の6月15日(土)の「鰻の蒲焼・340(天ぷら・カレーうどん・父親の食事)」のブログの下段に、
「(前略)家政婦に この 玄米を 炊 く 為 の前処理につきまして 話しましたら、知らなかった とのことでした。(後略)」と記させて頂きました。
しかも、去る 11年前の12月31日(木)の「大晦日 (火星か金星か)」のブログの下段に、
「(前略) 御飯を食べましたら 当然のこと 乍 ら 以前から 茶碗 その他の食器を洗っております。(中略)高校生の 頃 に触れた 趙州 和尚の『御飯を食べたら茶碗を洗え』の言葉を思い出しました。この『趙州洗鉢 』の公案は、『無門関 』(中国宋代に 無門慧開 によって編集された公案集)の第七則にある話です。(後略)」と記させて頂きました。なお、学部生のときに 安い学食を用いると 食器を洗うどころか 食器を下げることすらも嫌とのことで、一般の食堂を利用している お坊ちゃんのような同期生がいました。このときは、当方は 自炊することもありました。それで、食器を どうしているのか と 訊 かれました。そこで、食事を し乍 ら 食事中でも 片づけられる食器は 片づけ乍 ら 食事をしている と回答しましたら、納得してくれました。今では、食後に 纏 めて食器を洗っていますが、このときは 食器洗いの練習として 前述のように 行 っていました。
そのうえ、別の同期生から この お坊ちゃんのような同期生は、放浪癖 があると言われていました。おまけに、放浪癖 があると言っていた この別の同期生は、自分のことを 投影(英語:project)(心理学用語)しているのだということが 後 になって 分かりました。某・出版会社を退職して 入学して来ている 学士(四年生の大学を卒業していること)の方 でした。入学時に 30歳代の半 ばでした。この某・出版会社で 放浪癖 があると言われていたので、同期生にも そう言ったのかもしれません。因みに、この放浪癖 は、去る 4年前の1月4日(火)の「男性看護師・続報42」のブログの中段やや上などに記させて頂きました A.D.H.D.(英語: attention deficit hyperactivity disorder)(ネガティブ[英語:negative]で御座 いますし、お読み下さっている 方々 に影響を お与えすることの無いように、日本語で 綴 ることを控えさせて頂きましたが、以前 それではわからない と指摘を頂きましたので、日本語も併記させて頂きます。小さく記させて頂きます。注意欠陥・多動性障害 のことで 御座 います)と関係していたのかもしれません。
(義務教育の方々に 美しい日本語を 正しい読み方で 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名を付けております。因みに、美しい日本語の平仮名を大事にしたい という思いもあります)
本日も、最後 迄 お読み頂き、誠にありがとうございます。唯々感謝。(^-^)
