上皇后陛下のお誕生日(令和6年)

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 さて、去る 昨年の10月20日(木)の「上皇后陛下の お誕生日(令和4年)」のブログの上段に、

「(前略)去る 昨年の10月20日(水)の『上皇后陛下の お誕生日(令和3年)』のブログの上段に、

『(前略)去る 6年前の2月23日(月)の【天皇陛下行幸の君恩によくして】のブログの上段に、

【(前略)当日 会場で分かったことですが、医学雑誌(Nature Medicine)の購読者であり 購読者の集まりに参加していて 司会から 天皇陛下・皇后陛下・行幸啓とのむねの知らせが来ました。平成10年(1998年)11月9日、東京・市ヶ谷の私学会館三階大ホール〖富士〗でのことでありました。ちなみに、この医学雑誌はバック・ナンバーも含めまして、読んだ後、母校の図書館に寄贈しました。(^O^)

 今上天皇陛下も昭和天皇陛下と御同様、生物の御研究者であらせられるから 行幸なされたのでは、と思われました。

 会場には、何台かテレビカメラが入っていました。

 会が進行し、司会から、天皇・皇后・両陛下に お話しする時間がある と伝えられました。

 外国人参加者達が 真っ先まっさきに列に並び、“Majesty・・・”と言い、フランク(英語:frank)に話していました。皇后陛下は 通訳を お付けになっておられませんでした。

 日本人であるので、おそれ多いことであると、後ろから並び、順番を待っている間は、畏敬の念で、足が震えました。とても長く感じられました。

 自分のことをまず申し上げるべきであり、御質問を頂いたら、答えさせて頂くべきであろうと思われました。直前の人は自分の研究のことを長々と話していました。

 順番が来て、簡潔に自己紹介をさせて頂きました。生涯、心療内科(心身医学)で進むとのむねのことを申し上げましたら、皇后陛下から、英語で、“Psycho Somatic Medicine”(心身医学のこと)と好意的におっしゃって頂きました。驚きと(とも)に、誠に有り難く感じられました。

 

 天皇陛下には、誠に僭越せんえつながら、〖日本国民のために、毎朝 四方拝しほうはいをして下さって、誠に有り難う御座ございます。〗と申し上げました。誠に有り難いことに、男性友人からは、天皇陛下に喜んで頂けただろうと言ってもらえました。昭和天皇の御製、〖我が庭の宮居に祭る神々に世の平らぎを祈る朝々〗が思い出されていました。

 簡潔に お伝え申し上げますと、宮中三殿きゅうちゅうさんでん神嘉殿しんかでんで、四方拝(しほうはい)、そして、新嘗祭(にいなめさい)などが行われると伺っています。また、宮中三殿きゅうちゅうさんでん賢所かしこどころ/けんしょでは、三種の神器のひとつであります八咫鏡(やたのかがみ)天照大御神(あまてらすおおみかみ) の神魂として まつられているとのことです。

 ちなみに、日本の御皇室において宮中祭祀を担当される部門であり、宮中三殿きゅうちゅうさんでんにおいて その職務が行われる 掌典職(しょうてんしょく)御座ございます。

 

 皇后陛下には、この年の平成10年(1998年)に、印度インドで開催された〖国際児童図書評議会 (IBBY)〗に際して行われた、ビデオによる講演を伺わせて頂いて、日本に生まれて、本当に有り難く、良かった と思いました、とのむねのことを申しましたら、〖恥ずかしい。〗とおっしゃっておられました。誠に有り難いことであると思われました。ちなみに、皇后陛下が上述の〖国際児童図書評議会 (IBBY)〗に際して、ビデオによる講演を行われたことは、去る2月14日(土)の〖絵本の影響〗のブログにも記させて頂きました。

 

 以上は、10数年前に書かせて頂きました内容であり、去る 昨年の10月18日(土)の〖心身医学会〗のブログ そして 去る 昨年の12月1日(月)の〖日本心療内科学会〗のブログで記させて頂きました心療内科(心身医学)の、平成12年度頃の、関東の集まり(関東大学病院心療内科連絡会[関心連])でも発表させて頂きました。知人から電話がありましたときに、この発表したことを伝えましたら、勿体もったいないとのことでした。

 また、去る 昨年の10月8日(水)の〖親の受診に付き添っていること・1〗のブログ そして 去る 昨年の11月9日(日)の〖親の受診に付き添っていること ・2〗のブログのそれぞれ共に中段やや上に記させて頂きました某・ボランティアのサークルの年輩の御夫婦に、この書かせて頂きました内容のコピーを渡しましたら、誠に有り難いことに、天皇・皇后・両陛下と話をした者は、この某・ボランティアのサークルにはいないと言われました。

 更に、誠に有り難いことに、姉からは〖すごい〗とのことでした。

 日々、心より祈らせて頂いている おかげであるか、と思われ、誠に有り難く存じました。(後略)】と記させて頂きました。

 

 なお、去る 昨年の1月26日(日)の【うなぎ蒲焼かばやき・530(カレーうどん・父親の食事)】のブログの下段やや上に、

【(前略)二人ふたりの家政婦には、このビデオによる講演の記録を コピーして あげました。

 

 

二人ふたりの家政婦に あげた 皇后陛下のビデオによる講演の記録

 

 

 

(後略)】と記させて頂きました。すなわち、上記のように、平成10年(1998年)に、印度インドで開催された【国際児童図書評議会 (IBBY)】に際して行われた、上皇后陛下(当時は、皇后陛下)による ビデオによる講演の記録のことであります。

 

 ときに、去る 一昨年おととしの10月21日(月)の【皇后陛下の 誕生日(うなぎ蒲焼かばやき・448[野菜スープ・カレーうどん・父親の食事])】のブログの上段に、

【(前略)去る 4年前の10月20日(火)の〖父性と母性〗のブログの上段に、

〖(前略)去る9月27日(日)の〔綺麗で奥ゆかしくて誠に素晴らしい日本語〕のブログの上段に、

〔(前略)現・日本国憲法は、米国による この〘日本弱体化政策〙の産物とされています。(後略)〕と記させて頂きました。具体的には、現・日本国憲法・第24条・第2項により、戸主である父親の強さが失われます。また、本日は、皇后陛下の お誕生日であります。去る平成21年11月12日の天皇陛下御在位20年記念式典に際し、天皇・皇后両陛下の記者会見が行われましたときのことで御座ございます。記者から〔平成の象徴像〕について質問され、皇后陛下は、〔戦後、新憲法により天皇の御存在が象徴という、私にとっては 不思議な言葉で示された 昭和二十年、私はまだ中学に入ったばかりで、これを理解することは 難しく なんとなく意味深そうな、その言葉を ただ そのまま受け止めておりました。御所に上がって 五十年がちますが、象徴の意味は 今も難しく、ただ陛下が 国の象徴、国民統合の象徴としてのり方を えず模索され、そのことを お考えになりつつ、それに 相応ふさわしくあろうと努めておられた お姿の中に、常に、それを感じて来た とのみお答えさせて頂きます。(全文掲載)〕と御回答なされました。現・日本国憲法につきまして言及させて頂きますと、〔天皇は日本国の象徴〕と記載されていますが、やはり いくら読んでも不思議な言葉で 意味が よくわからないとされています。(後略)〗と記させて頂きました。昨日 すなわち 10月20日は、皇后陛下の お誕生日でありましたね。(後略)】と記させて頂きました。本日 すなわち 10月20日は、上皇后陛下の お誕生日でありますね。(後略)』と記させて頂きました。本日 すなわち 10月20日は、上皇后陛下の お誕生日でありますね。(後略)」と記させて頂きました。

 ならびに、去る 昨年の10月20日(金)の「上皇后陛下の お誕生日(令和5年)」のブログの下段に、

「(前略)本日 すなわち 10月20日は、上皇后陛下の お誕生日でありますね。(後略)」と記させて頂きました。

 および、本日 すなわち 10月20日は、上皇后陛下の お誕生日でありますね。

 

 (義務教育の方々かたがたに 美しい日本語を 正しい読みかたで 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名ふりがなを付けております)

 本日も、最後 まで  お読み頂き、誠にありがとうございます。唯々感謝。(^-^)

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